最近読んだ本
ここ最近読んだ本を適当に。気分が鬱屈してくると小説に逃げているのが分かるな。
保坂和志『この人の閾(いき)』(新潮文庫、1998年)
芥川賞を受賞した表題作の他、「東京画」「夏の終わりの林の中」「夢のあと」と計四編を収録。保坂和志の書く作品にストーリーとしての起伏はない。登場人物たちが、彼らの生活範囲の中で目にした出来事についてさり気なく語り合うだけ。ふと思いついたことを言葉に移しかえていくのだが、よく思索が練られている。構成上の計算がされているということではなくて、単なる思いつきで終らせていないというか、じっくり熟成したのちに出てくる言葉という感じ。文章の運びは一見淡々としているようでいて、実は意外と理屈ばってねちっこい。だけど、私は結構好きだ。
長嶋有『猛スピードで母は』(文春文庫、2005年)
芥川賞を受賞した表題作と「サイドカーに犬」の二編を収録。後者は最近映画化され、その感想はこのブログでも書いた。「サイドカーに犬」の洋子さんにしても、「猛スピードで母は」のお母さんにしてもキャラクターの輪郭がくっきりしていて結構読ませる。芥川賞を取った時にはふざけたタイトルだと思っていたが、読んでみると情感がしっとりとあって私は嫌いではない。
吉田修一『パークライフ』(文春文庫、2004年)
芥川賞を受賞した表題作と「flowers」の二編を収録。特にこれといった抵抗感もなくスイスイと読み進めたが、これといった読後感もなし。たぶん私と感性が合わないのだろう。
木村紅美『風化する女』(文藝春秋、2007年)
デビュー作、文學界新人賞を受賞した表題作と「海行き」の二編を収録。「海行き」は何だか独りよがりな感じがして好きになれなかった。「風化する女」は、一人で死んだ四十代の女性の遺品整理を押し付けられた同じ会社の女性が、死んだ女性の人生を垣間見る話。他人の人生の意外な側面を知った素朴な驚きと共感がよく描かれていて、こちらは悪くないと思う。
白川道(とおる)『終着駅』(新潮文庫、2007年)
盲目だがそれだけ感受性の鋭い少女(二十代半ばの設定だがピュアな感じでどうしても少女のイメージになってしまう)と暴力団幹部とのプラトニックな交流を軸に、裏社会の騒ぎや彼自身の複雑な過去へのこだわりが錯綜する。白川道の小説には過去の呪縛と葛藤する様を描いているものが多い。単にアウトロー小説というだけでなく身を入れて読み進めてしまう。
樋口有介『風少女』(創元推理文庫、2007年)
主人公は東京で暮らす大学生。故郷に帰省し、初恋の女性が死んだことを知る。事件を探るうちに、かつての同級生たちの変わってしまった現実を見せつけられるという筋立て。話がちんまりちっちゃくまとまっている感じで、読みながらあくびが出た。
ユベール・マンガレリ(田久保麻理訳)『しずかに流れるみどりの川』(白水社、2005年)
白地にモヤっと緑がかった装幀に目が引かれて手に取った。著者はフランスの児童文学者らしい。大きくなってしまえば何とも思わないが、子供の頃、身の回りの一つ一つの光景がやたらに恐かったり、あるいはいとおしかったり、大きな感情の振幅を以て受け止めていた。そんな視線で子供心に映った心象風景を追体験させてくれる。
小泉義之『レヴィナス──何のために生きるのか』(日本放送出版協会、2003年)
「哲学のエッセンス」シリーズの一冊。何のために生きるのか?と問われてどう答えるか。「それをこそ考えるために生きるのだ」とか、「答えなどないのだから、目の前のことに懸命に取り組め」といったありがちな正論をばっさり捨てた所から説き起こそうとする点で本書は意欲的だ。しかし、最後まで読んでもどうにもピンとこない。著者は誠実に書こうとしているのはよく分かるので悪口は言いたくないのだが、レヴィナスの考えていたことの勘所が伝わらないというか、そもそもレヴィナスの思想が著者自身の中で血肉としてこなれていないのではないか。これは知識でテクスト解釈できるかどうかではなく、肌身に感じるかどうかというレベルの問題なので仕方ないとは思うが。
呉智英『言葉の常備薬』(双葉文庫、2007年)
薀蓄オヤジが放つシニカルな逆説のパンチはなかなか痛快。旧制一高の寮歌「嗚呼玉杯に花うけて」はある年代以上の人にはよく知られているが、本来の意味は私も初めて知った。こういう本は酒の肴にうってつけ。
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