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2007年7月 8日 (日)

早瀬圭一『大本襲撃──出口すみとその時代』

早瀬圭一『大本襲撃──出口すみとその時代』(毎日新聞社、2007年)

 以前にも触れたことがあるが、高橋和巳『邪宗門』は大好きな小説のひとつだ。大本教をモデルとした教団「ひのもと救霊会」に集う人々を軸に、戦前の宗教弾圧、そして敗戦直後の教団の自滅を描き出し、大河ドラマとして面白いばかりでなく、国家と宗教との緊張関係、とりわけ近代的知性と土着的感性との葛藤がおのずと浮き彫りにされているのが魅力的だった。

 『邪宗門』第一部は国家権力による弾圧によって教団がいったん壊滅するシーンでしめくくられる。原因不明の出火で本部施設が炎につつまれ、消火活動もむなしくすべてが灰燼に帰す。包囲していた警官隊は本部が燃え尽きるのを見届けてからやおら動き出し、呆然と立ちつくす教団の人々をゴボウ抜きに検挙していく。昭和10(1935)年の第二次大本事件を踏まえた描写である。実際には、その後の公判中に教団の土地が政府に収用された上で施設の解体作業が行なわれた。

 本書『大本襲撃』は、この第二次大本事件で陣頭指揮を取った杭迫軍二(くいせこ・ぐんじ)特高課長の動向から説き起こされる。大本の教義には世界の“立て替え”という表現が出てくるが、個人の心の救済と社会改革とを結びつけるロジックが内包されている。昭和初期という時代には社会全般に不安な心理状況がみなぎり、左右両翼を問わず国家革新を求める動きが顕著となっていた。そうした中、出口王仁三郎が立ち上げた昭和神聖会に頭山満や内田良平など右翼系の人士が出入りし、軍人の間にも大本の信者が増えていたため、治安当局は神経をとがらせていたようだ。大本教団検挙の第一の根拠は治安維持法。しかし、「国体を変革する目的をもって結社を組織」したとは言えないため該当せず。不敬罪で有罪の判決を受けるが、係争は十年にわたり、結局、敗戦後、不敬罪は消滅したので裁判も終わった。

 公判で出口王仁三郎が示した才気縦横な語り口は裁判長をも感嘆させた。しかし同時に、教祖・出口なおの娘で王仁三郎夫人の出口すみの不思議な存在感も人々の注目を集めたらしい。無実の罪で何年も獄につながれたにも拘わらず恨み言ひとつこぼさない天真爛漫な明るさは教団の人々の気持ちを落ち着かせたという。なおや王仁三郎のカリスマ的な存在感は早くから注目を集めて伝記的研究も出されている。浅野和三郎については心霊主義という点で関心を寄せる専門家もいる。しかし、すみのおおらかな包容力こそ教団をまとめ上げる扇の要であったとして、今まで目立たなかった彼女を主役に据えたところに本書の特色がある。

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