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2007年7月23日 (月)

「街のあかり」

アキ・カウリスマキ監督「街のあかり」

 ヘルシンキで夜間警備員を勤める青年、コイスティネンはいつも一人。同僚からも上司からも疎んじられ、酒場に行っても話し相手はいない。うつむき加減に視線をあらぬ方にやる、もの憂い彼の表情が印象的だ。不満げとか、悲しげとかいうのではなく、気持ちのすき間が満たされない漠然としたさびしさ。

 そんな彼が休憩時間、いつものようにコーヒーをすすっている前に突然現われた女性、ミルヤ。実は、コイスティネンの「犬のように従順で、ロマンティックなバカ」という性格を見抜いたマフィアの親分が送り込んだ罠だった。コイスティネンは彼女にぞっこん。しかし、彼が警備を担当していた宝石店のカギを盗まれ、強盗の嫌疑までかけられる。職場はクビになった。転落の人生。

 裏切られたことを知ってもコイスティネンの表情はいつものようにもの憂げなまま変わらず、怒りを露わにすることはない。親分の差し金で再訪したミルヤが彼の部屋にカギを隠すのに気付いても放っておいた。直後に警官が踏み込み、彼は刑務所に送られる。自分に降りかかる災いの一切を、そういうものだとあたかも予見していたかのような態度で淡々と受け入れていく。

 今回の作品のテーマは“孤独”ということらしい。たび重なる不運を見ていると気持ちはどんよりとくもってくる。だが、不条理にうちひしがれた人生を描きつつもちゃんと救いを用意してくれるカウリスマキ映画のスタイルはこの「街のあかり」でも踏襲されている。コイスティネンはマフィアにボコボコに殴られて重傷を負う。そこに、それまで邪険にしていたソーセージ屋の女性が駆けつけ、彼の手をにぎる。彼が弱々しくもしっかりとにぎり返したところで終幕となる。

 コイスティネンの打たれ強さ。もちろん、彼の誠実さの表われだが、もう一面において“鈍感”としか思えない。こう言ってしまうと身もふたもないが、人生には希望も喜びも本来的にあり得ないと私は思っている。かりそめの“希望”、かりそめの女性の“愛”、そういったものを鼻先にぶら下げて、直面した耐え難さから目を背ける。それは、敢えて“鈍感”に生きるため、人間が本能的に働かせる一つの智慧だと私は思っている。カウリスマキの意図には反するかもしれないが、そんなことを考えながらコイスティネンの憂いを帯びた静かな表情をじっと見ていた。

 カウリスマキ・ファンは着実に増えつつあるようで、上映館はほぼ満席に近い盛況だった。

【データ】
原題:Laitakaupungin valot
(英題:Lights in the Dusk)
2006年/フィンランド/78分

(2007年7月22日、渋谷、ユーロスペースにて)

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