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2007年7月19日 (木)

季武嘉也『選挙違反の歴史』

季武嘉也『選挙違反の歴史──ウラからみた日本の100年』(吉川弘文館、2007年)

 選挙の季節がやってまいりましたので、とりあえずこんな本を。

 明治23(1890)年の帝国議会開設以来、衆議院議員選挙における違反者数の推移を手がかりに、選挙事情を通じてその背景をなす日本の社会的変化を本書は読み取ろうとする。

 世界最大の民主主義国インドでは今でも総選挙のたびに死者が出るが、明治期の日本の選挙でも吏党と民党に分かれての暴力沙汰は当たり前だった。ただし、それは今で言う政府与党と野党との対立とは事情が異なる。ムラ内部にもともとあった対立関係が、選挙の際に吏党・民党という形を取ってエキサイトしたということらしい。その後、日清・日露戦争での全国的な興奮をきっかけに、ムラそれぞれで団結しようという雰囲気が生まれてこうした騒擾もおさまり、地元の名望家を軸とした選挙システムとして安定するようになった。

 周知の通り、戦前の日本は制限選挙であった。当初、選挙資格は国税15円以上の納税者に限定されたため、弁は立つが貧しく過激な士族不満層や、“お上”に唯々諾々と盲従する封建的な気性の抜け切れない一般庶民層は除外され、土着の温厚篤実で安定志向の名望家層が有権者を構成することになった。この国税15円という基準の設定に当たっては、イギリスのジェントリー(郷紳)を想定していたのではないかとの指摘が興味深い。

 “名望家秩序”といっても、いわゆるボス支配を意味するわけではない。選挙資格のない庶民層も(騒擾という暴発もあったように)選挙のたびにアクティブに動き回っていた。地元の名望家はいわば地域共同体の投票代理人的な性格を持っており、その意味では選挙権の有無に拘わらず、実際には多くの国民が選挙に関与していたと言えるそうだ。

 選挙違反で最も多いのは買収であろう。しかし、買収されたからといって、有権者は自分の意に反する候補者に投票したわけではない。むしろ、他よりは好意的な候補者からカネをもらうケースが大半であった。言い換えると、買収には、有権者を投票所に動員し、投票率を高める機能を果たす側面があったとも言える。

 戦後から現在にかけてみると、とりわけ都市部では有権者の投票行動は個人単位に細分化されてきた。地縁的なつながりが薄れつつある中、買収は効率が悪いため減少し、イメージ選挙が中心となった。従って、候補者レベルでみると、選挙違反者数も、選挙に要する費用も大幅に減少してきている。その代わり、政党レベルでは宣伝費を中心に費用はむしろ莫大なものとなった。

 選挙にまつわる地域事情を踏まえて、足もとから見上げる形で日本の政治史を読みかえてみようと意欲的な論点が多数提示されており、面白い研究だ。

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