『中央公論』七月号
昼休みに書店へ行ったら『中央公論』七月号を見かけた。今日は仕事ものんびりしていたのでざっと目を通した。
社会格差論が急に盛り上がってきたのはほんの1、2年のことだ。新聞や国会論戦で取り上げられるようになって、今ではこの言葉を見かけない日がないくらいに人口に膾炙している。私は以前からこのテーマに関心を持っていたのだが、最近の流行ぶりにはちょっと戸惑っている。私は、“格差”は決して一過性のものではなく、良いか悪いかという価値判断の問題はとりあえずペンディングした上で、どんな場所でもどんな時代でもあり得ることと考えている。もちろん、そこで話を終わらせるわけにはいかない。それでは、そもそも“公正”とは一体何だろうか、みんなの納得できる社会システムとは一体どんなものなのか、という決して結論の出せないテーマを考え続けるきっかけとして関心を寄せていた。ところが、今の風潮としては、たとえば民主党の政策にも顕著なように、政府批判のための便法として何でもかんでも“格差”に結びつける傾向がある。あまりにお手軽にこの言葉を使いすぎるので、かえって問題の焦点がぼやけてしまう。同様の違和感を、『不平等社会日本』(中公新書、2000年)でこの議論の火付け役の一人となった佐藤俊樹がもらしている(「「格差」vs.「不平等」」)。
「インテリジェンスという戦争」という特集が組まれていた。中西輝政はイギリスのインテリジェンス活動の歴史を簡潔にまとめた上で、力に抑制的でない国は情報活動に弱いと指摘する。日露戦争に至る明治日本と昭和の帝国日本との対比を見るとうなずける。また、機密情報の厳守と情報公開とがぶつかりあうことは最近の傾向として避けられないが、このせめぎあいをプラス・マイナスで考えるのではなく、議会からの情報機関への監視を強めることでむしろ与野党を問わず情報の扱いに習熟させるきっかけとなるはず、そこはイギリスの経験から学ぶべきという指摘が興味深い(「大英帝国、情報立国の近代史──民主主義国のインテリジェンス・リテラシーとは」)。元内閣情報調査室長で対外情報庁の設立を主張している大森義夫は、最近の情報問題がらみの不祥事を踏まえながら、幹部の情報管理責任やセキュリティ・クリアランスの問題を論ずる(「せめて、機密を守れる国になれ」)。佐藤優・手嶋龍一対談では、むしろ対外情報庁構想については生半可なことではできないとして懐疑的。当面は、公開情報を読み解く人材育成から始めるべきだと提言する(「情報機関を「権力の罠」から遠ざけよ」)。勝股秀通は情報軽視という自衛隊の組織文化を具体的に指摘する(「なぜイージス艦情報は漏れたのか 自衛隊──欠陥の組織文化」)。
昨年、日本経済新聞が富田朝彦元宮内庁長官のメモをスクープしたのに続き、今年に入って『昭和天皇最後の側近 卜部亮吾侍従日記』(朝日新聞社)も刊行された。これらの資料には靖国神社にA級戦犯が祀られたことに昭和天皇が不快感を示していたという記述があり、様々な議論を呼び起こした。「昭和天皇が守ろうとした歴史と宮中」で対談する保阪正康と御厨貴は、昭和天皇のこうした気持ちは『徳川義寛終戦日記』(朝日新聞社、1999年)ですでに明らかとなっており、今回の二つの資料を通して明確になったという立場を取る。天皇制をめぐっては様々な問題があったが、それが育んできた知恵の良質な部分は、日本社会の約束事として通じるもので、これを一連の資料から読み取ることも必要という保阪の指摘に興味を持った。昭和天皇という人自身は基本的にリベラルで穏健な思考の持ち主だったという印象を私は持っている。様々な政治的バイアスから議論が複雑を極めているが、彼自身の内在的論理と戦前・戦後政治との関わりをバランスよくまとめた本がありそうで、意外とない。こうした資料の誠実な読み解きを通じた研究の進展を期待したい。
浅羽通明「右翼と左翼を問い直す30冊」には意外なラインナップも含まれていて、その独特な切り口が面白い。
ロバート・D・エルドリッヂ「不在の大国・日本──なぜ戦後の国際政治史に登場しないのか」では、その理由として①日本の指導者が回顧録や日記をあまり残していない、②指導者の伝記等の資料が英訳されていない、という二点を挙げる。そのため、海外での国際関係史研究で日本関連の領域が空白となり、存在感なしというイメージが定着してしまった。アメリカの大統領図書館のように歴代首相の記念図書館を整備し、海外の研究者でも資料にアクセスしやすくなるよう便宜を図るべきと指摘する。意外と盲点だったなと素直に納得した。
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