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2007年6月22日 (金)

宇野重規『トクヴィル 平等と不平等の理論家』

宇野重規『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社選書メチエ、2007年)

 十九世紀という時代背景を踏まえてトクヴィル(Charles Alexis Henri Clerel de Tocqueville、1805~1859)の思想を読み解きながら、デモクラシーをめぐる基本論点に踏み込んでおり、興味深く読んだ。

 デモクラシーの進展は平等化の徹底をも意味する。かつてのアリストクラシー(貴族的身分制度)では地位の不平等は自明なこと。誰も疑問に思うことはなかった。デモクラシーが進展するにつれて、これまでの支配・服従関係を正当化してきた権威は不自然なものとみなされ、否定される。しかし、これは単に身分上の格差がなくなったということではなく、人々の想像力が変質したからである。言い換えると、社会制度がかわっても不平等はなくならないが、不平等の性格が変化したと言える。デモクラシーの社会にあってはむしろ人々は他者との違い=個性に敏感となり、これを他の者に承認するよう求めるようになった。

 デモクラシーが進展するにつれて人々を結びつけていた紐帯はほどかれてしまう。個人として析出された孤立状態が“個人主義”と呼ばれる。これは、自分の利益だけをごり押しする利己主義を意味するのではなく、他者への関心が希薄となったところに特徴がある。個人主義という態度において自分自身は至上の存在である。だが、平等という原則によって他者の優越を認めないことは、同時に自分の優越も認められないこと。このようなアンバランスは政治的次元ではどのように表われるのか? 同等であるはずの誰かによって支配されるのはイヤだが、非人格的な“多数者”に従うことにはためらいを感じない。

 また、デモクラシーにおいては個々人の意見を何らかの形で反映させた上で政治運営を行なうのが原則となる。そこで、一人一人がすべて自分で判断せねばならないのが建前となるが、人に全知全能の判断など下せるだろうか? 無自覚のうちに何らかの根拠を求めてしまう。特定の権威に寄りかかることはない代わりに、“多数者の意見”を素直に受け入れるようになる。

 デモクラシーが “多数者の圧政”となりかねないところにブレーキをかける仕組みをトクヴィルはアメリカ社会に見出した。キーワードは“宗教”と“結社”。

 アメリカ大統領は就任にあたり聖書に手を置いて宣誓する。選挙でキリスト教右派が見せつける強大な集票力からも分かるように、アメリカ社会には今でもキリスト教が深く根を下ろしている。政教分離を近代社会の条件と考える我々にとって驚きだ。さすがに聖職者を政治に関与させたり宗教的マイノリティーを迫害するようなことは否定されるが、少なくとも宗教色を政治から排除することはない。政教分離の厳格化を特徴とするフランスからやって来たトクヴィルにとって、これはむしろ好意的に受け止められた。“個人主義”的な思考を文字通りに実践するなら「いま・ここ」という局限的な観点でしかものを考えることはできない。長期的観点で社会の運営を考えるためには、一人一人が「いま・ここ」から離れて想像力を働かせねばならない。熱狂的な献身までは求めないものの、デモクラシーを健全に運営するには、デモクラシーの外部に何らかの一貫した基準が必要である。そうした意味でトクヴィルはアメリカ社会の宗教的空気に好意的だったと言える。

 砂粒のようにバラバラとなった個人を放っておいたら、判断基準を失った彼らは“多数者の声”にあっと言う間に絡めとられてしまう。自己の殻の中に閉じこもりがちな彼らを具体的に目鼻の見える他者と結びつける“結社”は、そうした“多数者の声”への付和雷同に抵抗する砦となる。つまり、抽象化された世論とは違う価値観があり得ることを“結社”単位で示し、“多数者の声”を相対化することができる。

 平等化の進展によって、かえって自己の外部に根拠を見失ってしまった“個人主義”。そこにトクヴィルはデモクラシーの脆弱さを見出し、そうした欠点を補うものとしてアメリカ社会から“宗教”と“結社”という要素を汲み取った。その要点は、個人主義において人々が判断の根拠を見失ったがゆえに“多数者の声”に従属してかえって社会が画一化されかねないという逆説に対し、常に“多数者”を相対化していくダイナミズムがデモクラシーの健全な運営に必要なことを示すことにあった。ここで注意すべきなのは、トクヴィルは彼自身の祖国であるフランスが抱えた問題との対比の中でアメリカ社会を観察していたということであり、“アメリカ”的なものと“デモクラシー”とは分けて考える必要がある。 

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