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2007年6月 1日 (金)

ヤスミナ・カドラ『カブールの燕たち』『テロル』

ヤスミナ・カドラ(香川由利子訳)『カブールの燕たち』(早川書房、2007年)、同(藤本優子訳)『テロル』(早川書房、2007年)

 欧米以外の国々、アジア・アフリカの文学作品を手に取るときにはかたい身構えがあったものだ。自分たちとは違う国の文化的・社会的背景を知るため、勉強するために読むという意識が先に立ち、登場人物に感情移入できるかできないかは切り離して無理やり読んだ。もちろん、楽しくはない。気軽な読書の対象として選ぶことはまずなかった。ところが、ここに掲げたヤスミナ・カドラの二冊は文句なくおもしろい。海外文学の動向に疎かったせいもあるが、読書の対象がもっと広がる可能性がありそうでワクワクする。

 『カブールの燕たち』の舞台はタリバン支配下のアフガニスタン。二組の夫婦を軸にストーリーが展開する。拘置所の看守を務めるアティクは重病の妻を抱え、本人も精神的に行き詰っていた。インテリ夫婦のモフセンとズナイラ。変わり果てたカブールの空気は若い二人の絆も蝕み、互いの誤解を増幅させてしまう。そうした中、ズナイラが突き飛ばしたはずみでモフセンは頭を打ち、死んでしまった。彼女は死刑の宣告を受け、拘置所に入れられた。チャドルをはずした彼女の美しさに一目ぼれしてすっかりのぼせ上がったアティクは、何とか助け出そうとやきもきするがどうにもならない。そんなアティクの気持ちを察した妻はとんでもない提案をする。

 カブールの町を覆う異様な狂気の描写はなかなか読ませる。タリバンを非難するというレベルのことではなくて、SFやファンタジー小説に出てくるような異世界を思わせ、現代を舞台としているという感じが不思議としない。その中で、お互いに愛し合っていたはずの夫婦の溝が浮き上がり、崩れていくのを描いているのが印象的だ。読後の後味は少々悪かったけれど。

 『テロル』の舞台はイスラエル。主人公のアミーンはパレスチナ人だが、イスラエル国籍を取って医師としてのステータスを築き上げていた。ある日、彼が勤務するテルアビブの病院近くのハンバーガーショップで爆発事件があり、子供を含め多数の死傷者が出た。疲れ果てて帰宅しても妻がいない。警察からの連絡で病院に戻り、自爆テロリストだという女性の遺体を見せられた。妻・シムへの変わり果てた姿だった。何不自由なく暮らしていたはずの彼女がどうして自爆テロなどやったのか? 彼女の抱える空虚感を自分は何一つ理解していなかったことを思い知らされる。妻と、そして他ならぬ自分自身は一体何者なのかを振り返るためアミーンは故郷に戻った。

 アミーンとシムへ夫婦の姿には、互いにしっかり理解しあっていたはずの夫婦なのに実は本質的につながり得ていなかったという現代文学にありそうなテーマと同時に、土着的な足場からはずれたアイデンティティー分裂の不安も重ね描きされている。それは、イスラエル対アラブという表面的な対立軸だけではない。近代的・世俗的な都市生活と、そこには気持ちの深奥で落ち着けない感覚とがせめぎあう矛盾が潜んでいる。アミーンがシムへに異様なものを見出す視線は、我々日本人とも共有されるだろう。しかし、イスラム回帰に向かう人々をこの作品は断罪するわけではない。二つの感覚レベルのぶつかり合いを、かたくならずドラマティックに描き出しているのがとても魅力的だ。

 作者のヤスミナ・カドラは元アルジェリア軍高級将校。軍の検閲を避けるため夫人の名前をペンネームとして用い、作品はフランス語で発表しているようだ。しばらく覆面作家として活動していたが、後にフランスに亡命。ここに紹介した二冊は中東の紛争地帯を舞台としたシリーズとして書かれ、昨年には第三作目《Sirènes de Bagdad》(バグダッドのサイレン)が発表されている。こちらの翻訳も楽しみだ。

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コメント

「シムヘ」じゃなくて「シヘム」ですね。

投稿: 通りすがり | 2007年6月 9日 (土) 08時20分

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