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2007年5月 8日 (火)

「珈琲時光」

「珈琲時光」

 ゆっくりと流れる静謐な時間。こうした感覚を映像によって肌身に感じさせるように描き出している作品にあまり出会ったことがなかった。他に、奥原浩志監督「タイムレスメロディ」(2000年)が好きなくらい。この「珈琲時光」(2003年)は久々に言葉では表現しがたい心地よさが胸の奥にしみわたってきた。

 フリーライターの陽子(一青窈)。古本屋を営む肇(浅野忠信)。会話が交わされるのは古風な喫茶店、ほこりっぽい古本屋、陽子の暮らす畳敷きのアパートの一室が中心で、喧騒とはまた違った東京の生活が描かれる。彼らを取り巻く街並みのたたずまいが魅力的だ。神保町や高円寺など私自身の慣れ親しんでいる風景が多いせいかもしれないが、東京とひとことで言っても私が好きなのはこういう東京なんだと愛着を感じた。

 小津安二郎生誕百周年企画。監督は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)。まだ貧しかった頃の台湾を舞台に少年の恋の挫折をノスタルジックに描いた「恋恋風塵」(1987年)、日本の敗戦直後、国民党が乗り込んでくるまでの混乱期を舞台とした「悲情城市」(1989年)といった作品が私には印象に強いが、こういう穏やかな静けさの漂う映画も撮る人なんだと今さらながらに気付かされた。浅野忠信のいつもながらに構えのない自然体、一青窈の素人っぽい初々しさ、どちらもこの映画の雰囲気にぴったりだ。

 この映画の静かな情感は暗闇の中、大きなスクリーンの前で全身で受け止めたかった。上映当時見逃していたので今さらながらDVDで観たのだが、映画館で観られなかったのが悔やまれる。

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コメント

珈琲時光は私も大好きな映画です。
 侯孝賢はどうしてあれほどデイープな東京(街もそこで暮らす人々も)を知っていたのか、劇場で見たときにとても驚いたことを覚えています。
 それが彼が学び取った小津映画の舞台である、50年代東京・日本から純粋培養されたものだけに、実際そこで暮らす日本人には撮ることが難しい映画なような気がします。
 逆バージョンとして是枝監督などに、現代台湾を撮らせたらどうなるか?小津という媒介がないだけに難しいでしょうね。

投稿: ミキ | 2007年5月 9日 (水) 18時56分

 ミキさん、どうもこんばんは。「珈琲時光」は本当に良いですよね。劇場でご覧になったようでうらやましいです。侯孝賢の視点は確かにディープなところから東京を捉えていて驚きました。同じように小津へのオマージュとして作られたヴィム・ヴェンダース「東京画」を観たことがあるのですが、何となく違和感が強かったのを覚えています。明らかに外からの視点という感じで、もちろんこれはこれでいいのですが、なおさらのこと「珈琲時光」への驚きを感じています。

 是枝監督に現代台湾を撮らせてみるというのも意外と面白そうです。ただ、昔の仕事に戻ってドキュメンタリーにしてしまいそうな気もしますが(笑)。

投稿: トゥルバドゥール | 2007年5月 9日 (水) 20時12分

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