ファンタジー小説をいくつか
上橋菜穂子『精霊の守り人』(新潮文庫、2007年。オリジナルは偕成社、1996年)
児童文学というのもなかなかバカにならないものだと思っている。たまに銀座・教文館6Fの児童書売場「ナルニア国」に立ち寄る。絵本などには驚異的なロングセラーが多い。ちっちゃい頃に読んでなつかしい本がいまだに現役で頑張っているのを見ると気持ちがなごむ。また、そうした中に混じって新しい作品も現われており、将来、この本をなつかしく振り返る人もいるのだろうなと思うと少々感慨深くもなる。
「ナルニア国」で上橋菜穂子フェアをやっていた。 “守り人”シリーズ完結を受けたフェアとのこと。寡聞にして初めて知る名前だった。第一巻の本書が新潮文庫で出ていたので、文庫ならばと思い買い求めて読んだのだが、これがなかなか面白い。
新ヨゴ皇国の第二王子チャグムに“水妖”の卵が宿り、不吉を恐れた父帝は息子に向けて刺客を放った。通りがかりの女流短槍使いのバルサ、川に落ちたチャグムを助けたのをきっかけに皇子のボディーガードとなる。だが、チャグムを追う本当の敵はもっと恐ろしいものであった。皇国を動かす月読博士たちはこの危機に直面して初めて新ヨゴ皇国建国神話の虚構を知る…、なんてまとめても魅力は分からないか。
登場人物のキャラがたっていて、単に冒険物語として読んでももちろん面白いし、少年チャグムの成長物語と読むこともできる。架空の世界を舞台としているが、土着民に語り継がれた伝承と国家の公定神話とのズレを軸に、世界観の重層的な設定がしっかりしているので、大人でも十分に読み応えがある。著者の本職は文化人類学者らしい。なお、偕成社版には挿絵が入っていて魅力的だが、新潮文庫版では省かれている。
ミシェル・ペイヴァー(さくま・ゆみこ訳)『クロニクル千古の闇1 オオカミ族の少年』(評論社、2005年)、同『クロニクル千古の闇2 生霊わたり』(同、2006年)
酒井駒子の絵が好きで、装幀にひかれて手に取った。この「クロニクル・千古の闇」シリーズもなかなかのものだ。
舞台は四千年前の新石器時代。森や山や海の荒々しさに人々が畏れの気持ちがあった頃。主人公のトラムは父と二人きりの放浪生活をしていた。本来はオオカミをトーテムとする氏族に属するが、オオカミ族はおろか他の氏族との付き合いは一切なかった。ある日、悪霊の乗り移った大熊に父が殺され、トラムは一人ぽっちとなる。ところが、同じく一人ぽっちの仔狼“ウルフ”と気持ちを通わせる。さらにワタリガラス族の少女レンとの出会いもあり、彼らは宿命付けられた大熊退治におもむく。だが、なぜ大熊に悪霊が乗り移っていたのか、なぜ大熊はトラムの父を殺したのか? この背景にトラム自身にも関わる恐ろしい事情があった。
このシリーズは全六巻。第三巻『魂食らい』が翻訳刊行されたばかりだが、私は第一巻『オオカミ族の少年』、第二巻『生霊わたり』まで読んだ。描写には説得力があり、考古学の知識が十分に活かされているのがうかがえる。時折、“ウルフ”の視点で人間の奇妙な仕草を観察するという話法も出てきて面白い。舞台設定の魅力といい、少年少女が悩みながら活躍するあたりといい、宮崎駿アニメに格好な物語という感じがする。
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コメント
私はテレビゲームをやらないのでよくわからないのですが、FFものなど、人気のあるゲームのベースとなるストーリーの多くは、神話ファンタジーであるようです。「神話の構造」がゲーム脳と親和性があるのでしょうか?
投稿: ミキ | 2007年5月26日 (土) 06時45分
私自身、ゲームから離れて十年以上経つのでよくわかりません。そもそも、“ゲーム脳”は根拠が乏しくて胡散臭いことを斉藤環がどこかで書いていたように記憶してまして、この議論には興味がないのですが…。
投稿: トゥルバドゥール | 2007年5月26日 (土) 14時29分