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2007年5月26日 (土)

吉田文彦編・朝日新聞特別取材班『核を追う──テロと闇市場に揺れる世界』

吉田文彦編・朝日新聞特別取材班『核を追う──テロと闇市場に揺れる世界』(朝日新聞社、2005年)

 現時点で核兵器を保有しているのは、米英仏ロ中の五大国のほか、インド、パキスタン、北朝鮮。イスラエルの核保有も公然たる秘密である。一度核兵器を保有した国が廃棄したケースとして南アフリカがあるが、これは極めて特殊な事例だ。アパルトヘイトを廃止して黒人政権の誕生が間近となっていた時期のことで、「黒人に核を渡してたまるか」という白人側の恐怖心が背景にあった。ブラジル、韓国、リビアにも核開発計画があったが断念。イラクは1980年代の初めに核研究施設がイスラエル空軍の爆撃を受けて壊滅、核開発能力は事実上なくなった。現在はイランが焦点となっており、ブッシュ政権は強硬な制裁案を打ち出したばかり。

 2004年、パキスタンのカーン博士を中心とする核関連物資や技術を取引する国際的ネットワークが明らかになった。イラク戦争の最中に核開発計画をあきらめたリビアからアメリカが情報提供を受け、パキスタン政府に圧力をかけたものと記憶している。自前の開発能力がなくとも裏ルートを通じた核兵器の調達が可能であることが示され、世界中に衝撃を与えた。

 核兵器保有の動機には大国意識を満たすというナショナリスティックな側面が否定できない。フランスや中国のように冷戦構造の中で埋没しかねない自国の戦略的主導権を確保しようという場合もあれば、インドやイランのように地域大国としての自負心から国民によって熱烈に支持されている場合もある。いずれにせよ、一つでも核保有国もしくは疑惑国が出現すれば、核保有への動機は近隣に連鎖的に広がる。インドの核実験はパキスタンの核保有を促し、イスラエルやイランの核開発疑惑は中東情勢全体に暗い影を落としている。

 このような核保有連鎖の可能性を踏まえて日本の立場を捉えなおしてみると、国際環境のレベルと日本国内での議論とでは大きなギャップがあることに改めて驚かされる。1964年に中国が初の原爆実験を行なった。翌年、当時の池田勇人首相はアメリカのラスク国務長官に、自分の閣内にも少数派ながら核武装論者がいると漏らしたという(中曽根元首相によるとそれは池田自身だったようだ)。また、次の佐藤栄作首相はライシャワー駐日大使に、日本は核兵器を作れるレベルにある旨を語っている。こうした流れを受けてか、ジョンソン大統領は“核の傘”の提供を確約し、日本もこれを受け入れた。1975年の三木・フォード会談で公式に明かされ、1976年になってようやく日本はNPT(核拡散防止条約)を批准した。

 並行して日米間で沖縄返還の交渉が進められていたが、アメリカ側は返還後も核兵器配備の継続を求めていた。しかし、日本国内の世論を考えると核付き返還には大きな反発が予想される。そこで、いわゆる“非核三原則”が佐藤首相によって示されたが、これはあくまでもアメリカに対するシグナルであって、佐藤自身は将来的な核保有の可能性まで縛るつもりはなかったようだ。ところが、国内感情の後押しによってこの“非核三原則”は一人歩きを始め、日本の国是となる。さらに核政策の四本柱、すなわち①非核三原則、②核廃絶・核軍縮、③アメリカの核抑止力依存、④核エネルギーの平和利用が掲げられた。しかし、核軍縮を求めながらもアメリカの“核の傘”に依存するのは矛盾ではないのか? 平和利用とは言うが、原子炉施設は容易に軍事転用が可能であり、核拡散防止にはつながらないのではないか? こういった矛盾をはらんでおり、実は日本の包括的な核政策理念は明らかになっていない。

 核兵器が全廃された状況こそ最も危険だという逆説がしばしば指摘される。物理的に核兵器がなくなったとしても、人類が一度知ってしまった核兵器開発のノウハウまで完全消滅させることはできない。誰かが極秘に核兵器を作ってしまったら彼が世界の独裁者となってしまう。核兵器廃絶を求める理想には気持ちとしては共感できるにしても、こうしたリアリズムを覆すだけの論拠は少なくとも私には見つからない。

 従って、核兵器の存在を前提とした上で国際的な管理システムをいかに有効なものとするかに議論の焦点は絞られる。そのためにNPTの枠組みがあるわけだが、この条約に内在する五大国優位に対して加盟国内外から強い不満がくすぶっている。五大国が核兵器数の削減や今後の実験停止などの姿勢を示してこうした不満をなだめることが手始めに必要であろう。

 “核の傘”に基づく抑止の論理は冷戦構造の遺物であり、ここからの脱却を主張する見解がある。しかし、北朝鮮をはじめ不安定要因を近隣に抱える以上、“核の傘”が日本にとって本当に有効なのかどうかを検証する必要はあるにしても、少なくとも選択肢から外すわけにはいかないのではないか。

 近年顕著となっているアメリカの単独行動主義には、核拡散防止という一般的な目的を踏み越えて、アメリカ独自の基準で一方的に“善悪”を決め付ける傾向がある。これによってかえって相手国の不満を高め、交渉を難しくしている側面がある。その一方で、現実的に考えると、核拡散防止システムの運用にアメリカのイニシアチヴは不可欠である。アメリカを現在の単独行動主義からまとめ役へと姿勢を転換させるよういかに促していくか、ここがカギとなりそうだ。

 日本の役割として、被爆体験を語り継ぐことによって国際世論に訴えかけていくべきという考え方がある。その努力は必要であり、少なくとも先進国の知識階層に向けては大いに効果があるだろう。しかしながら、インド、パキスタン、イラン、イスラエルをはじめ目前に紛争を抱えて政治的な感情が異様なまでに昂ぶっている人々に対してはあまり効果は期待できないのではないか。こうした国々では、「日本は核兵器を持っていなかったからアメリカにやられたんだ」という反論がかえってくることがあるらしい。

 本書は核政策をめぐる様々なレベルでの議論や各国それぞれの事情を詳細にレポートしている。核兵器にまつわる最新事情をサーベイするにはうってつけの一冊である。

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コメント

以前NHKスペシャルで、核の闇市場を取材していているのを観ました。
 カーン博士を中心とする核闇市場ルートで、中東のダミー会社経由で、核開発技術の資料や原材料を、北朝鮮などへ密輸出している様に震撼しました。
 NPTによる核兵器の国際的管理システムの影響の及ばないテロ組織やそれから逸脱を試みる北朝鮮などの国家に対して核が行き渡らないためには、国際的な監視システム網を強化させることが急務で、そのためにもNPT加盟国間の協力体制の樹立が必要だと思います。
 また、このたび、インドがIT企業収益の豊富な資金源を背景に活発なロビー活動を繰り広げた結果、アメリカ議会に、NPT条項の中にある、今後新たに原発を製造する際に必要であった査察を拒否する権利を認めさせたことは、五大国優位のバランスが変化してきたことを示していると思います。
 

投稿: ミキ | 2007年5月27日 (日) 18時32分

 核拡散の恐怖の一つとしてテロ組織の手に渡ることが懸念されますが、実際には可能性は低いそうです。仮に核兵器を入手したとしても高度な技術を要するので扱いづらい。実際にかかるコストを考えると生物化学兵器の方が危険度が高いとのこと。インドに関するご指摘は私は全然フォローしていなかったのですが、インドはNPTに加盟していませんから、むしろインドをNPTの枠組みに取り込む一つのきっかけになるかもしれませんね。

投稿: トゥルバドゥール | 2007年5月29日 (火) 10時39分

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