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2007年5月14日 (月)

丸山圭三郎『言葉と無意識』

丸山圭三郎『言葉と無意識』(講談社現代新書、1987年)

 こういう類の哲学書・思想書を読むことにどれだけの意味があるのかは分からない。社会生活上の実務には直結しないのだから(ただ、哲学・思想=難解なもの=ありがたいもの、と受け止める人は多いようで、不思議と蔑まれることはない)。

 私はボキャ貧で、自身の戸惑っている感覚を表現しようとして「私は私であって、私ではない」という禅問答めいた言い方をついしてしまう。幼い頃から漠然とながらも抱き続けてきた率直な実感だ。

 近代社会では“私”が主役である。“私”という確固としたアイデンティティーがまずあって、そうした能動的主体が外界を切り開くというプリミティヴな二元論で考えるのがどうやら一般的なようだ。“私”なるものの実体性を疑わないという点では、“自己責任”重視の新自由主義的な言説も、“自己啓発”書や“私探し”の心理学本に群がる人々も、すべて同じ穴のムジナのように見えてくる。前者が“私”なるものの強さの自信に裏打ちされているのに対し、後者は“私”なるものの弱さにひけめを感じているという程度の違いに過ぎない。いずれにせよ、私はこうした考え方になじめない。そもそも、考えようとしている位相が根本的に異なる。

 ところが、“私”至上主義の信奉者はとにかくヴァイタリティーがあって、前者のプラス志向にせよ、後者のマイナス志向にせよ、その押し付けがましさには辟易する。彼らの“私”イデオロギーはどうにも息苦しい。こちらの思考の中身まで汚されてしまわないよう哲学書を読んで息抜きをしているという次第。

 丸山圭三郎はソシュールの思索をとっかかりに、そうした“私”なるものの自明性を突き崩してくれる。

 日常的に何気なく使っている“言葉”。自分の意図を表わすため自在に使いこなしているようでありながら、かえってこの“言葉”によって振り回されている不思議さ。“私”という主体がアプリオリに前提され、彼が外界の実在物をラベリングしながら整理するもの、これが素朴にイメージされる“言葉”のイメージであろうか。しかし、“言葉”はそんなレベルには止まらぬ驚異を秘めている。

 “言葉”による名づけは世界を分節化する。分節化とは、“曰く言いがたき”生身の存在一般としか言えないこの何ものかに亀裂を入れて、“あれ”と“これ”との区別をつけること。我々が通常使う“言葉”=“ロゴス”が世界を分節化するだけでなく、もっと深層にあって普段は自覚されないもう一つのロゴスたる“パトス”もまた前者の“表層のロゴス”とぶつかり、諸々のロゴスがせめぎあいながら、分節化の網の目が間断なく世界に張りめぐらされていく。

 “ロゴス”が組み立てる網の目の秩序を“コスモス”とするなら、始原的な生身の流動性を“カオス”と呼びたくなる。しかし、ここで注意しなければならないのは、“コスモス”“カオス”という二項対立もまた、物事を画然と分けてラベリングしなければ気がすまない近代特有の思考癖であること。“カオス”もまたラベリングによる非在の現前なのである。

 以上を通して私が言いたいのはどんなことか。“私”が“言葉”を使って世界を能動的に区切っているのではない。非人称的な“言葉”=“ロゴス”のうごめきがまずあって、それによって生じた網の目の中に“私”はいる。“私”とは自存的に確かな実在ではない。相互依存的な関係性の連鎖の中に立ちあらわれた“間我”と言うべき何ものか、これをかりそめに“私”と呼んでいるだけのことである。

 私はいまここで一人称で語っている。その意味で“私”は存在する。しかし、一人称の“私”は、非人称的な相互連関の中の一コマに過ぎない。その意味で“私”はいない。

 前者の視点で日常の社会生活をやり過ごし、同時に後者の視点で存在一般を俯瞰する。二つのレベルを両にらみして自由に行き来できるようになれば、生きることも死ぬことも一切を素直に受容できるのだろうなと思いつつ、その境地にはまだ遠い。

 本書を読みながら、私の愛読書である『荘子』を何となく思い浮かべていた。丸山圭三郎は、ナーガールジュナの中観派仏教哲学はソシュールを先取りするものだと関心を寄せていた。以前に池田晶子・大峯顕『君自身に還れ』をこのブログで紹介したときにも記したが(http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_2873.html)、西洋哲学で提起された問題意識はむしろ東洋思想を通した方が分かりやすくなるように感じている。

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