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2007年5月23日 (水)

ニクソンについて適当に

 以前に、オリバー・ストーン監督「ニクソン」(1995年)という映画を観たことがある。実はストーリーはほとんど覚えておらず、主演のアンソニー・ホプキンスの印象ばかりが強い。細長い顔のニクソンに、丸顔のホプキンス。顔の相が全く違うのに、両腕上げVサインの有名なポーズをとる時の表情はなるほどニクソンだと思わせ、驚いた。この映画については当然ながら、キッシンジャーなど当時の政権をじかに知る人々からの評判は芳しくない。

 ニクソンの評伝としては田久保忠衛『戦略家ニクソン──政治家の人間的考察』(中公新書、1996年)がよくまとまっている。ウォーターゲート事件の印象が強いせいか、あるいは常にJFKと比べられる宿命にあるせいか、ニクソンのイメージはすこぶる悪い。本書は、俗耳に入りやすい印象論とは距離をおき、したたかな政治家としてのニクソンの人物像を描き出す。ニクソン政権が直面した最大の課題は、前任の民主党政権が深入りしたヴェトナム戦争からの撤退であった。この目標を達成するため積極的な外交を展開し、とりわけ米中和解という形で国際環境を大きく変動させたことは周知の通りである。こうした戦略外交の功績者としてキッシンジャーの名前がよく挙げられる。しかしながら、キッシンジャーは東アジア情勢については素人であり、米中和解はニクソン自身のイニシアチブによるものだと指摘しているところに本書の特徴がある。

 最近、Liang Pan, ‘Whither Japan’s Military Potential?  The Nixon Administration’s Stance on Japanese Defense Power’( “Diplomatic History”Vol.31, Number1, January, 2007)という論文を読んだのだが、これが実に面白かった。英語は苦手なのだが、引き込まれた勢いで一気に読みきった。

 ニクソン政権は米中和解を進めたが、当時の日本は北京に対して警戒感を持っており、下手すると日米同盟が崩れかねない危うさをはらんでいた。米政権内部では、米中和解→日本が米から離反→①日本の自主外交路線(核武装を含む)、もしくは②日本が米中の動きを牽制するため日中or日ソ同盟を組む、というシナリオがあり得ると議論がかわされた。

 もちろん、今となっては一笑に付すしかない。だが、賢明な外交は、常に最悪のケースを想定しながら行なわれる。それなのに、ニクソンもキッシンジャーもこうした最悪のシナリオについては何も対策を立てていなかった。実際に日本が米の意向に反して、①独自に日中国交正常化、②ソ連との経済協力を模索、③オイルショックに際してアラブ諸国を支持、といった動きを示すと、キッシンジャーは周囲が驚くほどに激怒したらしい。さらに、ほぼ同じ頃、インドが初めて核実験を行なって核拡散の懸念が現実になりつつある中、日本はNPT(核拡散防止条約)の批准をしないままだった(批准は1976年)。これも米政権内部で日本への猜疑心を強めていた。

 結局、パワーポリティクスの権化のような戦略家キッシンジャーにしても、実は結構抜けているところがあった。しかしながら、北京は日本の軍拡や対ソ接近を恐れて日米安保条約を容認し、日本国内では米中和解をデタントとしてむしろ歓迎するムードが高まって軍事費抑制に向かう政治力学が働く。それぞれの誤解に基づく不思議な連鎖反応が生まれた。つまり、ニクソン・キッシンジャー戦略はあくまで結果論として成功したに過ぎず、そこには、様々なシナリオを検討した上で政策決定を行なうという緻密さはなかったとの指摘が興味深い。

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コメント

トゥルバトールさん
 イラン撤退に伴うアメリカのパワーポリテックス維持をどのような方針でやっていくのか?ベトナム撤退を敢行したニクソン政権の外交を検討することは、現在のブッシュ政権後の政権を占うことにもなりそうで、ニクソン政権のことについて書かれた本は大変興味深いです。
 ベトナム撤退という冷戦の敗北を、中国という第三世界の大国との外交で取りもどそうとした時に、属国日本のことなどあまり考慮する余裕がなかったのか、日本を侮ったのか、その両方だったのでしょうね。
 ちなみに、近年、いやがる台湾にパンダを贈りつけようとしている中国の外交を見ていると、日中国交の際、すでにパンダを贈られてしまっている日本は、2000年の歴史と通じて、中国にとって日本は属国であるという意思表示に気づいていないのかも知れません。

投稿: ミキ | 2007年5月23日 (水) 17時58分

 私は“属国”日本というイメージ先行の議論によって日本人の対外認識はかなりお粗末なものになっていると思っています。むしろ、様々な制約がかかる中でもしたたかに自主性を確保しようとしてきた努力を評価する立場です。

 アメリカは、冷戦の敗北を対中外交で取り戻そうとしたわけではありません。北ヴェトナムに対して停戦へ向けた圧力をかけるにはまず中国とわたりをつけねばならなかったという事情があります。さらに中ソ対立に乗じてソ連への牽制にもなりますし。

 Pan論文を読むと、外交や国防の専門家たちが米中和解に強硬に反対していましたが、ニクソン・キッシンジャーのトップダウンでニクソン訪中が決められています。反対理由が国務省、国防省それぞれで異なるのが面白い。国務省は、日本との二国間同盟は何にも代えがたいという立場で軍国主義復活などあり得ないという判断を持っていました。対して国防総省は、日本は将来軍事大国・核大国になるだろうから何としてもアメリカ側につけておかねばならないという考え方です。

 中国にしても同様です。ニクソンは周恩来に対して、在日米軍があるからこそ①日本の軍国主義復活・核武装を防ぐ、②日本の対ソ接近を防ぐことができるのだと説明し、周恩来はこれを受けて日米安保条約容認に方針転換しました。いわゆる在日米軍“ビンのフタ”論です。これは米中が日本を侮っているというよりも、日本人自身が考えている以上に日本の潜在的軍事力への周辺からの恐れが強いからと言えます。こうした認識のズレが国際関係に思わぬ影響を与えているところが非常に興味深いです。

 なお、ニクソン政権のヴェトナム撤退のケースがイラク情勢に応用できるかは分かりません。シーア派にわたりをつけるためイランに接近するというシナリオなら考えられるでしょうか。しかし、スンニ派等他の勢力への抑えはなかなか難しいでしょう。いずれにせよ、ネオコンのような理念主義者ではなく、今こそパワーポリティクスのセンスが必要なのでしょうね。

投稿: トゥルバドゥール | 2007年5月23日 (水) 18時54分

「属国」という陳腐な言葉を使うことによって、貧弱なイメージに囚われてしまっていることに気づかせてくださいました。快い水を浴びせていただき感謝です。
 どうもアミニズムに対する親和性が強い性向があるようで、国という人々の複雑な集合体にもかかわらず、擬人化して強引に単純なイメージに当てはめてとらえてしまいがちです。皇国史観まであと一歩。自分自身の信条に信頼置けない所以です。

 米中国交樹立当時、ヒロシマの隣県の小学生であったためか、反戦反核教育をかなり執拗にされ、また、戦争体験をなさった方も多くご存命だったため、周囲の大人の反応を見ても日本の反戦・反核は国民のコンセンサスであったように感じていました。
 GNP1%は世界に通用する反戦の証明だと日本国民は思い込んでいたのではないでしょうか。対外的に日本の軍備の脅威を自覚している国民は多くはなかったように感じます。たぶんマジで日本が核武装して戦争はじめると考える人は皆無だったのでは?トルバトールさんのおっしゃるとおり、認識のズレは大きかったように思います。

 しかし、アメリカ国防省国務省の見解の相違は、そんな日本の「ねじれ」を体現したもので、ニクソンのトップダウン中国外交は、そんな表裏矛盾する見解をまとめ上げ、「日本カード」を歩み寄りの手段として利用したのかなとも感じます。それは中国側も同様。
 そして日本も、アメリカの踏み固めた日米安保への中国の信頼を土台として自ら国交樹立を成し遂げたのでしょうか。
 また、後のニクソン・田中元首相を繰り返し招待し、国交樹立の恩をねぎらっている中国の外交のやり方を見ていると、選挙でいつでも交代させられ、リーダーそのものの人格に重きを置かない西側のやり方とは異なっているように思います。ニクソンのトップダウン外交はそのようなカリスマ性外交性で中国と相性が良かったかも知れないと思いました。

 

投稿: ミキ | 2007年5月24日 (木) 09時31分

 軍事問題、とりわけ核問題をめぐる日本認識のギャップは、日本人自身にとって本当に驚きです。アメリカの国際政治学者の中には、①日本は民主主義の実質を備えており、アメリカと価値観を共有している。②広島・長崎の経験があるので核兵器へのアレルギーがある。従って、③ソ連・中国への牽制として日本の核武装が望ましい。核兵器の保有自体が抑止効果を生み出すが、日本には核兵器行使への心理的ブレーキがかかるから、という議論すらありました。

 ニクソンのトップダウンは、実は国務省・国防総省の専門家の議論を全く無視して行なわれました。彼らは日米離反という最悪のシナリオも提議していたのですが、そうした問題について全く考慮が払われていませんでした。北京・東京・モスクワの反応がたまたま良かったから、ニクソン・キッシンジャー戦略もたまたま成功しただけ、日本の軍事的潜在力についての見解はアメリカ政権内でもいまだにまとまっていない、というのがPan論文のミソです。

 ニクソンの対中政策は、日本・中国との微妙なバランスをアメリカの主導権で使い分けるところにありました。日本が即座に日中国交正常化に向けて動き出したことはアメリカにとって意外なことで、ニクソンやキッシンジャーは苛立ち、あまり急ぐなと日本に対してたびたび警告していたようです。日米中それぞれの思惑が一筋縄でいかないところがドラマチックで面白いです。

投稿: トゥルバドゥール | 2007年5月24日 (木) 10時46分

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