アメリカ政治ものをいくつか
ジェームズ・マン(渡辺昭夫監訳)『ウルカヌスの群像──ブッシュ政権とイラク戦争』(共同通信社、2004年)
イラク戦争時のブッシュ政権を支えたメンバーのうち、副大統領チェイニー、国務長官パウエル、同副長官アーミテージ、国防長官ラムズフェルド、同副長官ウルフォウィッツ、大統領補佐官ライスの六人に本書は焦点をしぼり、彼らの政治的キャリアをたどる。彼らの間、とりわけ軍人出身のパウエル、アーミテージと学者出身のウルフォウィッツたちネオコンとの間での路線対立は周知の通りだが、少なくとも軍事力重視という点では一致していた。ただし、その扱い方に温度差があった。ヴェトナムでの実戦経験のあるパウエルたちは軍事目標と政治目標を明確にするよう求めており、際限なき軍事目標の拡大に懸念を抱いていた。これに比べるとネオコンは軍事力を行使するのにためらいがない。
イラク戦争が始まったばかりの頃、ネオコンの論客ロバート・ケーガンが緊急出版した“Paradise and Power”(後に邦訳、『ネオコンの論理』)にざっと目を通したことがある。イラク制裁に反対するフランス・ドイツを念頭に置いて、ヨーロッパのようにボトムアップでコンセンサスを積み上げようとする考え方をカントの『永遠平和のために』の流儀だとし、これに対して自分たちネオコンはホッブズ的な力の論理によって人為的に平和を実現させると主張していた。つまり、理想実現のために軍事力を積極的に使うということで、力の均衡を通して生き残りを図り、軍事力はその保険としての意味を持つリアル・ポリティクスの考え方とは明らかに違う。その軍事観は同じ共和党でもキッシンジャーやスコウクロフトとはかなり異質である(そもそもウルフォウィッツも含めネオコンにはカーターの外交政策に不満を抱いた民主党からの転籍組が多い)。彼らネオコンの目指す理想とは“民主主義”の世界的な実現である。
核兵器を公然ともてあそぶ北朝鮮の危うさを目の当たりにしている現在、イラクへの対応と比べるとダブル・スタンダードではないかとよく指摘される。ネオコンの立場からすると北朝鮮には二つの問題があった。第一に、北朝鮮は緒戦でソウルを文字通り火の海にしてしまうだけの軍事能力を持っている。第二に、東アジアには日本、韓国、台湾など民主主義の実質を備えた国々がすでに存在するため、仮に北朝鮮の体制を倒したとしても民主化実現のモデルとして世界にアピールできない。
ネオコンが狙ったのは、(イスラエル・トルコを除いては)民主主義に則した政治体制の存在しない中東全体の民主化であり、その手がかりとしてイラクに手をつけた。表向きはテロとの戦いであり、だからこそアメリカ国内の世論から支持を得たわけだが、ネオコンの目指したものはそうしたレベルを最初から超えていた。
良い悪いは別として、彼らはこの世のしがらみを力で克服しようとする理想主義者である。ただし、その背後にはアメリカの国益追求も見え隠れするのだが。いずれにせよ、彼らに対してつけられた新“保守”というレッテルに私は違和感がある。本来、架空の理想追求が暴走して独善に陥るのを戒めるのが保守主義の出発点なのだから。
デービッド・ハルバースタム(小倉・三島・田中・佳元・柴訳)『静かなる戦争』(上・下、PHP研究所、2003年)
先週、ハルバースタムが交通事故で亡くなった。実は英語の復習がてら読もうと本書のオリジナル“War in a Time of Peace”を手元に置いてあったのだが、いつしかほこりをかぶったままほったらかし。この機会に翻訳で読んだ。ハイチ、ソマリア、ルワンダ、とりわけユーゴ紛争に対してのアメリカ自身の内在的な政策決定プロセスを軸として、クリントン政権の外交をめぐる人物群像をテーマとしている。登場人物それぞれのパーソナリティーと政治力学とを絡めて描き出しているので読み物としてとても面白い。
村田晃嗣『米国初代国防長官フォレスタル──冷戦の闘士はなぜ自殺したのか』(中公新書、1999年)
第二次世界大戦後、アメリカは軍事組織を新たに編成しなおす。従来は陸軍長官、海軍長官が閣僚待遇を受けていたが、横の連絡の不備を感じていた。また、陸海軍それぞれの航空部門から独立させる空軍や海兵隊の位置付けなどの問題もあり、各軍を一元的に統括する組織として国防総省を設立。海軍長官だったフォレスタルが初代長官に就任した(後に自殺)。彼はプリンストン中退だが、アイビー・リーグ出身としてのプライドを持っていた。良くも悪くも、政治は生身の人間関係で動いている。本書は彼を軸としてニューディール政権を動かしたエスタブリッシュメントの人脈図を描き出している。なお、思わせぶりなサブタイトルだが、彼の自殺に政治的理由はない。
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