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2007年4月21日 (土)

添谷芳秀『日本の「ミドルパワー」外交』

添谷芳秀『日本の「ミドルパワー」外交──戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)

 戦後日本の政治が大きなねじれを抱え込み、その中で不毛な政策論争が繰り広げられてきたことについては立場の違いにかかわらず同意されるだろう。それはとりわけ安全保障分野に顕著であった。日米安保条約、憲法上の制約が大きい自衛隊といった要因は日本の外交スタンスを極めて曖昧なものとし、そこを左右両極の政治勢力は激しく論難してきた。すなわち、国家主義的な自立志向と非武装平和論。いずれも対米自立を求めていた点でナショナリズムの気分の発露であったと言える。しかしながら、二つの勢力から挟撃されながらも、吉田茂の定式化した路線は冷戦という状況下、有効な成果をもたらした。本書は、こうした日本のスタンスを「ミドルパワー」外交と捉え、占領期における吉田外交、高度成長後における中曾根外交を肯定的に評価する。

 「ミドルパワー」外交とは何か。国力の点で日本はアメリカや中国の向こうをはることは事実上難しいし、過去の侵略戦争の歴史がネックとなって常に周辺諸国から警戒心をもって見られている中、大国間外交の主要プレイヤーとして振る舞うことは不可能である。グレートパワー(大国)ではなくミドルパワー(中級国家)としての立ち位置を取ること、つまり、米ソ中など大国間の駆け引きで実際に成り立ってきたパワーバランスを所与の条件としながらも、その中で一定の主体性を発揮するのが日本にとって最も現実的な選択肢であり、また現場の外交当局者が実際に行なっている路線である。

 たとえば、小渕政権以来、「人間の安全保障」に焦点を当てた外交政策を積極的に進めているという。「人間の安全保障」とは1994年、国連開発計画(UNDP)の報告書で唱えられて以来広く認知されるようになった概念である。途上国の抱える構造的貧困の改善や環境問題への支援など、大国外交では見落とされがちな分野で日本のイニシアティヴを発揮しようと模索されている。日本のPKO参加についても、日本国内の平和論者や周辺諸国からは大国志向の表われ、軍国主義の復活として非難されるのが常態となっているが、実際にはこうした「ミドルパワー」路線の延長線上にあると考えるべきであろう。

 昨今の世論をうかがうと、従来の観念的な平和論がなりを潜めたのは歓迎すべきことだ。ところが、その反動であろうか、マスメディアでの論調には逆に右バネの勢いが強すぎるようにも見受けられる。しかし、マスメディアからばらまかれるイメージと、外交当局者が実際に行なっている政策路線との間にはかなりのギャップがあるようだ。本書は戦後日本の外交政策を手際よく整理し、そうしたギャップを埋めてくれる点で非常に有益であった。

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