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2007年4月28日 (土)

村田晃嗣『大統領の挫折──カーター政権の在韓米軍撤退政策』

村田晃嗣『大統領の挫折──カーター政権の在韓米軍撤退政策』(有斐閣、1998年、サントリー学芸賞受賞)

 大統領選挙において在韓米軍撤退という選挙公約を掲げたにもかかわらず、カーターはそれを引っ込めざるを得なくなった。彼は人権外交の推進者として、むしろ大統領退任後の評判は高いが、政権運営能力については疑問符が付けられている。しかしながら本書は、そうしたカーターの“素人”というイメージにはこだわらず、丹念な資料調査やインタビューをもとに、当時の戦略環境の変化との関わりの中で公約撤回の経緯を分析する。

 カーターが在韓米軍撤退という公約を掲げた理由としては以下が考えられる。第一に、ベトナム戦争の教訓、つまり泥沼の戦争に巻き込まれることへの懸念。第二に、朴世熙大統領の人権抑圧に対する嫌悪感。第三に、朝鮮半島よりも戦略的に重要とみなされたヨーロッパへ兵力を回すため。第四に、コスト削減。

 「ジミーって誰?」といわれるほどに知名度が低かったことが大統領選挙ではカーターにとって有利に働いた。ワシントンの既成政治家へのアンチとして有権者の眼には新鮮に映ったのである。ところが、そうした反ワシントンの姿勢がたたって、議会では支持が得られなかった。与党の民主党が多数を占めていたにもかかわらず。また、外交官や軍人などの専門家集団とも深刻な葛藤を引き起こし、その詳細が本書にはヴィヴィッドに描かれている。

 本書ではカーター前のニクソン、カーター後の(父)ブッシュという二つの政権との比較も試みられている。実は両政権とも、在韓米軍の削減を進めて成功している。当時の政治環境との関わりもあるので大統領個人の責任に単純化することもできないが、議会や官僚を説得する際にはやはり大統領のパーソナリティーも大きく作用する。ニクソン、ブッシュとも保守的なリアリストであり、東側に対しての強い姿勢は知られていた。そのため、彼らの場合にはやむを得ない譲歩として受け止められた。他方、カーターの場合には自他共に認める理想主義者で、単なる弱腰として批判を受けてしまう。

 冷戦期における日米同盟と米韓同盟との質的な違いについても本書にはまとめられている。韓国に対しては、北朝鮮という“明白かつ差し迫った危険”に対処するためのローカルな同盟という性格を持っていた。韓国側には見捨てられるのではないかという不安がある一方、アメリカ側はベトナムのように巻き込まれることへの懸念があった。この場合、在韓米軍は韓国側にとって人質のようなものである(ただし、朝鮮戦争後世代が主流となるにつれて反米気運が高まり、現在ではむしろ米軍撤退要求の声が高いことは周知の通りである)。日本については、むしろ長期的な戦略に基づくグローバルな同盟としての意味合いがあった。巻き込まれ不安を抱いていたのは日本側で、アメリカ側は日本が自立路線を取って親ソ・親中路線に転換することを常に恐れていた。日本には韓国ほどの危機意識がなかったため、在日米軍はむしろ負担に感じていた。

 本書を通読して印象に残ったのは、過去の政権の失敗から教訓を得て、良くも悪くもそれを直面する課題に活かそうという発想をアメリカの外交当局者が常に持っていたことだ。ベトナムの教訓がカーター政権の政策路線を縛り、(父)ブッシュ政権はカーター政権の失敗から学んだ。そう言えば、キューバ危機に揺れるホワイトハウスを描いた映画「13デイズ」でも、強硬派が「ミュンヘンを忘れるな」と言ったかと思うと、ケネディがバーバラ・タックマン『八月の砲声』を挙げて強硬論の愚を非難する場面があったのを思い出した。

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コメント

オーバードヴァ著「二つのコリア」の中で、カーター元大統領の在韓米軍撤退失敗に至るまでの政治情勢が描かれていました。
 村田氏の指摘のように、カーター自身が政治理念(ウイルソニアン的?)に走りすぎ、議会・外交・軍人への根回し不足がそれらの勢力の同意を得られない要因であったようです。良くも悪くもアメリカ大統領はリアリスト的な面を持ちあわせていることが、東西対立のようなパワーポリテックスには必要だということなのでしょう。
 ただ、在職中のカーター氏の以上のような姿勢があったからこそ、90年代の追い詰められて一発触発であった北朝鮮がすがりつく最期の切り札として、金日成がカーターを受け入れる土壌が出来ていたのだと思います。
 その意味で、その後のカーターセンターを設立し、政府レベルでない外交?を展開しているカーター氏の政治理念は、アメリカには苦手な、いい意味での「二枚舌外交」としての草の根外交を支えるものであるのかも知れませんね。

投稿: ミキ | 2007年4月30日 (月) 09時49分

ミキさん、いつもコメントをありがとうございます。カーターの評価はなかなか難しいですよね。おっしゃる通りに、一触即発の事態を打開できたという考え方もできますし、他方、カーターは金親子に利用されて危機を先延ばしにしただけだという論者もいます。私はどちらかというと後者ですが、ただ、いくつかの切り札を常に用意できるという点では貴重な存在であったことに変わりはないでしょう。

投稿: トゥルバドゥール | 2007年5月 1日 (火) 11時06分

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