村田晃嗣『アメリカ外交──苦悩と希望』
村田晃嗣『アメリカ外交──苦悩と希望』(講談社現代新書、2005年)
国際政治学の基本的な見取り図の作り方としてはリアリズムとリベラリズムの二つが代表的なものと言えよう。リアリズムは国家間の対立関係を不可避なものと考え、パワー・バランスによって紛争の回避を目指す。リベラリズムは国際社会の相互依存関係に着目し、協調の可能性を模索する。
近年、もう一つの考え方としてコンストラクティヴィズム(構成主義)も有力となってきた。人間同士にしても、国家間関係にしても、目の前にいる奴は友好的なのか敵対的なのか、相手をどう捉えるかによっておのずと態度は違うし、そしてこちらの態度に応じて相手の反応も変わってくる。つまり、相互の関係性も、認識のあり方によって後から構築されていくという側面がある。そのように、外在的な環境要因ばかりでなく、国際政治におけるアクター自身の内在的な要因から組み立てられた自己イメージ、他者イメージのあり方に応じて外交関係も大きく変化し得ることを重視する観点がコンストラクティヴィズムと呼ばれる。
9・11以降、アメリカ外交におけるユニラテラリズムが際立ち、これを“帝国”とみなす議論が盛んになっている。だが、コンストラクティヴィズムの立場からすると、“帝国”アメリカというイメージばかりが一人歩きを始めてしまうと、ヒョウタンから駒と言おうか、アメリカ自身もまたそうしたイメージ規定に絡め取られてますます極端な振舞いへと暴走してしまうおそれすら考えられる。いずれにせよ、国際政治はほんの些細なきっかけでも事態が大きく変わってしまうデリケートな性質がある。そこには表面からはうかがい知れぬ微妙な伏線が縦横に張り巡らされており、一面的なキーワードで決めつけてしまう見方は慎むべきであろう。ステレオタイプなアメリカ“帝国”論、ブッシュ悪玉論はまったく無意味である。
アメリカ外交を動かす要因として本書はハミルトニアン・ジェファソニアン・ウィルソニアン・ジャクソニアンという4つのキーワードを挙げている。それぞれ過去の大統領の名前に由来する。対外的な関与の方向を軸に取ると、ハミルトニアンは積極的で海洋国家志向を持つ。これに対してジェファソニアンは国内的な安定と繁栄が最優先で、内にこもった孤立主義の傾向がある。対外関与の態度のあり方を軸に取ると、ウィルソニアンは民主主義を世界に広げなければならないという理想主義的な使命感を持っている。これに対してジャクソニアンはアメリカの安全と繁栄のためには実力行使も辞さずというユニラテラリズムの傾向がある。
本書はこうした4つの傾向が絡み合ってアメリカの政治・外交が織り成されてきた姿を描き出しており、建国から現在に至るまでのコンパクトな通史として読みやすい。外部との相互作用によって、アメリカ自身が抱えている内在的な要因の、あるものは表面に出て目を引き、別のあるものは沈潜して見えなくなり、また複数が組み合わさることでもアメリカの顔の見え方は大きく変わってくる。そうした複層的なアメリカの姿を本書はきめ細かく描き出しており、肯定するにせよ否定するにせよ、ともすると一面的に陥りがちなアメリカ認識を解きほぐしてくれる。
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コメント
トゥルバドゥールさんの解説でアメリカ外交のからくりをすっきり整理していただきました。
アメリカ外交・政治のこの4つの傾向のうち、ジェファソニアンを除く3つの傾向の内在的な要因は、アメリカ自由主義神学の理念からきているのではないかと思われます。
ジェファソニアンは、アメリカのおかれている地政学的要因が大きいと思います。
アメリカ自由主義神学の理念の宗教的実践は、現実社会において民主主義を実現し、世界中にそれを普及させることです。
国内資源も豊富で地理的にも容易に孤立しやすい傾向に反してハミルトニアン傾向をとる内在要因、ウイルソニアン傾向の民主主義理念の絶対善化、そしてその絶対善と信じるがゆえに民主主義を他国に押し付ける際に武力をも辞さないジャクソニアン傾向のやり方。
トゥルバドゥールさんが指摘されているように、このような自由神学的内在要因が、外部との相互作用によって、どのような面が出てくるか変わってくるのでしょうね。
対イスラムに対してウイルソニアンの無効性と行き詰まりが明白になっている現在、これからのアメリカ外交・政治はどのような面を出していくのか、次期大統領に誰を選出するかアメリカ国民の選択に興味があります。
投稿: ミキ | 2007年4月26日 (木) 20時06分
ブッシュ政権内でかつて力を振るっていたネオコンにはウィルソニアンとジャクソニアンの二つの傾向が合わさっていると著者の村田氏は指摘していました。ウィルソニアンの挫折というよりも、ジャクソニアンの持つ力の論理が葛藤を引き起こしたように受け止めています。ただし、この二つの線引きは難しい。そもそもウィルソン大統領の理想主義には、民族自決等の原則がありながらも、ヨーロッパ以外の地域に対する蔑視は払拭されていなかったという矛盾があったわけですし。理想を語りながらも、本人が気付かぬままにダブルスタンダードに陥っているという欺瞞はいつの時代でもなくなりません。所詮はパワーポリティックスの世界だから、“理想”も一つの武器であろうと裏読みすればいいのかもしれません。
投稿: トゥルバドゥール | 2007年4月27日 (金) 09時48分