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2007年4月25日 (水)

信田智人『官邸外交』

信田智人『官邸外交──政治リーダーシップの行方』(朝日新聞社、2004年)

 外交における首相の役割というのはもともと大きく、重要な外交案件は当然ながら首相の判断が必要であった。首相はいわば“第一外相”、外相は“第二外相”という役回りだったと言えるが、いずれにしても外務省の立案した政策を踏まえていた。こうした従来のスタイルを“首脳外交”と呼ぶならば、対して近年では“官邸外交”の傾向が強まっている。

 “官邸外交”とは、外務省では対応しきれない政治判断、総合政策調整を官邸主導で行なうことを指す。本書はとりわけ官邸のスタッフである官房長官、副長官、副長官補といった人々の役割に焦点を合わせ、インタビューもふんだんに活用しながら緻密な実証分析を行なっており、説得力のある研究成果を示している。

 官邸主導の外交というスタイルはもともと中曽根政権や竹下政権の頃から徐々に進められていたが、外務省の管轄範囲を超えた経済摩擦の収拾に限られていた。ところが、近年になってメインの外交課題についても官邸が対応する場面が増えた。これには、橋本行革によって行なわれた官邸機能強化も下地となりつつ、やはり小泉前首相の存在が大きい。

 一匹狼的な小泉にはもともと自民党内での基盤がない。彼は党内の根回しをしてからという従来的な政治手法を取るつもりなど初めからなく、まず連立与党との協議を先行させ、既成事実を作ってしまう。野党の民主党が安全保障政策については現実路線を取って歩み寄ったことも幸いした。何よりも圧倒的な支持率というバックアップがあったため、トップダウン式の政策決定が定着した。また、田中真紀子外相の引き起こした混乱のため、官邸直結で外交を進めなければならなくなったという偶然の要因も作用している。こうした状況下、拉致問題やイラク問題など困難な課題に対し首相自身によって政治リスクを賭けた外交判断を下すという環境ができあがった。

 世論というのは常にうつろうもので、しばしば感情的な傾向を帯びる。外交案件について国民が正しい判断を下せるとは限らないし、また、迅速な対応を迫られる事態も想定されるため、一元的なリーダーシップが必要となる。ただし、現代日本は民主主義によって立つ国である以上、国民の理解を得る努力を怠ってはならない。説明責任を果たすのはやはり首相の役割であり、そうした点でも重要な外交政策決定では官邸主導が望ましいと言えよう。

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コメント

佐藤優氏が、自分自身が国策捜査の標的となったのは、外務省の組織の人間でありながら、官邸主導の外交に深く関わりすぎたことが大きいと思う。自分自身の出世のために鈴木宗男議員を利用してしまったことに罪を感じると朝日新聞のインタビューで答えていました。それで外交には官邸主導と外務省主導の二つのやり方があると知りましたが、トゥルバドゥールさんのブログで詳細を知りました。
 民主主義の基本的理念から言えば、選挙の洗礼をうけた議員による官邸主導の外交が望ましいのは確かなのでしょうが、トゥルバドゥールさんも指摘されているように、票集めのための外交パフォーマンスに陥りやすい危険があると思われます。下手するとファシズムに陥ってしまいます。
 アメリカのように民主主義が徹底した国では、官邸主導の大統領のリーダーシップの外交は、911事件後のイラク攻撃にも見るように、初期の支持から必ずゆり戻し現象が起き、それが中庸に収まるという民主主義そのもののオートマチックな作用を信頼できるのですが、日本の場合果たしていったん触れた振り子のゆり戻し現象は生じるのかと。アメリカの場合のゆり戻しの原動力はジャーナリズムの独立性に支えられていると思われるので、日本のジャーナリズムには不信感があります。
 官邸主導の外交と、外務省主導の外交のバランスが大切なのでしょうね。
 ただし、ウエーバーも言うように、官僚組織は組織存続のための自己目的のために機能する危険もありるところが難しいですね。
 

投稿: ミキ | 2007年4月25日 (水) 19時59分

外交と民主主義との矛盾を突き詰めるとジャーナリズムの責任に行き着くというのは確かにおっしゃる通りです。アメリカのジャーナリズムの独立性によって、ベトナム後のように、揺り戻しで中庸が保たれる形になればいいのですが、逆に米西戦争のメーン号事件、WWⅠのルシタニア号事件、WWⅡの真珠湾、そして今次の9・11のように、マスコミのあおりを政府が政治利用したケースもあります。どちらの形になるのか分からないのが難しいところですね。どこの国でも様々なジャーナリストがいるわけで、アメリカと日本とでジャーナリストのあり方を画然と類型化できるのか、そこは私にはちょっと分からないです。

投稿: トゥルバドゥール | 2007年4月27日 (金) 15時44分

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