「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展・「イタリア・ルネサンスの版画」展
東京国立博物館「レオナルド・ダ・ヴィンチ──天才の実像」展
レオナルド・ダ・ヴィンチについては研究書・解説書などあまた刊行されている。そうした中でも田中英道『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(講談社学術文庫、1992年)が印象に残っている。この本では、レオナルドの各方面にわたる思索の跡が彼の芸術、とりわけ絵画にあらわれているとして、彼の遺した手稿を丹念に読み解いていく。アカデミックな評伝としての体裁と著者自身の思い入れとが良い形でかみ合っており、読み応えがあった。
東京国立博物館でいま開催されている「レオナルド・ダ・ヴィンチ──天才の実像」展でもやはりレオナルドの手稿の扱いがメインとなっている。こちらでは彼の自然科学的な探求に焦点が当てられており、田中英道による評伝とはまた違ったイメージが浮かび上がって興味深い。
たとえば、人体のスケッチ、物理現象についてのメモなどが多数展示されている。物の形態にしても、動きにしても、そこに一貫して作用している法則を彼は導き出そうとしていたことが分かる。こうして把握された法則をもとに、リアリスティックでかつ豊かな表情を見せる芸術表現が生み出された。今回の展示で一番の目玉は「受胎告知」のオリジナルが来ていることだが、この有名な絵画を成り立たせている要素を分解して遠近法の鮮やかな応用を観客に示すことにも力が注がれている。
こうした自然界の法則を発展的に応用して、現実には存在しない有翼人物を描き出したり、バネ仕掛けのライオンを作ったり、人力飛行機や永久機関を試してみたりと、イマジネーションを広げていく様子が魅力的だ。レオナルドの模索した筋道が観客にもたどれるよう展示に工夫がこらされており、とても楽しかった。(~6月17日(日)まで開催)
国立西洋美術館「イタリア・ルネサンスの版画──ルネサンス美術を広めたニュー・メディア」展
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展はおもしろいだけに評判も高い。それだけに、日曜日に行ったせいもあろうが、混み具合が尋常ではなかった。会場から出てきた頃には疲れてヘトヘト。上野駅に向かう途中、国立西洋美術館の前を通りかかると「イタリア・ルネサンスの版画──ルネサンス美術を広めたニュー・メディア」展をやっていた。入ってみると、こちらはガラガラ。じっくり展示品を観ていると気持ちが落ち着いてきて、疲れも癒えた。時代的にも重なるわけだし、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展で疲れた方々には是非こちらにも寄ることをおすすめしたい。
交通手段の限られた時代、遠隔地まで一つ一つの美術作品を見に行くことは困難である。そこで、多くの人に作品を見てもらうため、版画というジャンルがさかんになった。版画の流通により、別の作者が構図や人物のポーズを真似ることが普通に行なわれた。それを“影響”と考えればいいが、トラブルもおこった。たとえば、デューラーはイタリアを訪れたとき、自分の作品が勝手に複製されて流通しているのを見て差し止めの訴訟をおこしたらしい。展示は地味ではあるが、版画という視点からルネサンス期の一側面が垣間見えてくるのが興味深い。(~5月6日(日)まで開催)
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