「秒速5センチメートル」
新海誠の作品で初めて観たのは「雲のむこう、約束の場所」(2004年)だった。実はストーリーはあまり覚えていない。ただ、映像のノスタルジックな美しさには胸にしみこんでくるような清々しさがあって、気持ちを強くひきつけられた。
今回の「秒速5センチメートル」もやはり映像が詩的に美しい。「雲のむこう、約束の場所」でもそうだったが、とりわけ空の描き方が私は好きだ。時間に応じた色合いの微妙な感じを描き分けているばかりでなく、空間的な奥行きの広がりを感じさせる映像構成には息を呑む。そうかと思うと、たとえば電車の中、駅の待合室、切れかかった電灯のまたたきなど、何気ない一コマにも丁寧に目配りしており、日常のほのかな情感もたくみに描き出している。
「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」と全三話、オムニバス形式のアニメーションである。テーマは“距離感”ということになるのだろうか。中学校に進学したばかりの頃、転校で離ればなれとなった二人が再会しようとジリジリした焦り。宇宙の彼方に視線をまっすぐに据えた青年と、そうした彼にあこがれのまなざしを向ける少女との、決して交わることのない二つの視線のすれ違い。社会人になって心がすり減らされた無気力感の中、ふとしたきっかけで過去の純粋な心情にはるか向けられた追憶のまなざし──。一つひとつをたどっていくとあまっちょろいが、そこは目をつぶろう。その時時の年齢に応じた戸惑いが登場人物のモノローグによって綴られるのだが、単なるセリフではなくリリカルな心情告白という形を取っている。
とりわけ第三話、山崎まさよし「One More Time, One More Chance」が流れ、そこにめくるめくように転変する映像をシンクロさせながら、忘れかけていた様々な想いを振り返るあたりでは胸にグッときた。これは好きな曲だっただけになおさら強く迫ってくる。そう言えば、この曲を初めて知ったきっかけも映画で、篠原哲雄監督「月とキャベツ」(1996年)だった。リフレインのあたりなど映像との相性がとても良い。
【データ】
原作・脚本・監督:新海誠
音楽:天門、山崎まさよし
2007年/日本/カラー/60分
(2007年4月7日、渋谷、シネマライズにて)
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