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2007年2月 1日 (木)

韓国映画雑感①

 いわゆる“韓流”ブームがおこるよりも少し前の頃、韓国映画を意識的に観ていた時期がある。2000年前後だったと思うから、6,7年くらい前のことだ。きっかけは「八月のクリスマス」(ホ・ジノ監督、1998年)。就職の面接を受けた帰り、ささくれ立った気分を変えたいと思い、普段は観ないタイプの映画を観ようと映画館に入ったのがこの作品だった。確か新宿のシネマスクエア東急だったと思う。

 写真館を営む若主人(ハン・ソッキュ)は不治の病を抱えており、死期が近い。しかし、それを隠して無理に明るく振舞っている。写真館をよく訪れる交通整理の婦警(シム・ウナ)はそんな事情を知らず、ふざけ合いながら、互いに抱くほのかな想いを言い出すきっかけがつかめないまま。いつも穏やかな笑顔を浮かべているハン・ソッキュが時折見せるつらそうな表情が妙に胸を打った。舞台となっている街並みが一昔前の日本を思わせたことも、自然と感情移入するのに一役買っていたと思う。

 「八月のクリスマス」以前にもいくつか韓国映画を観たことはあった。学生の頃、すでに閉館間際の時期だったが池袋の旧文芸坐へリバイバル上映をたまに観に行っていた。そこで「西便制──風の丘を越えて」(イム・グォンテク監督、1993年)を観た。フランス・ヴェトナム合作の「青いパパイヤの香り」(トラン・アン・ユン監督、1993年)と併映されていたのでアジアの文芸映画という括りだったのだろう。「西便制」は名作の誉れが高いが、私には少々つらかった。韓国の伝統民謡パンソリをうたう旅回りの親娘が主役。パンソリの凋落を憂う父は自分の芸を何とか娘に伝えようと、ついには耳の感覚を研ぎ澄ますため娘の両目をつぶしてしまう。芸への執念と親娘の愛憎が絡み合うじっとりと重苦しい映画だった。

 同じくイム・グォンテク監督の「太白山脈」(1994年)というやはり評判になった作品をビデオで観たこともある。舞台は韓国独立直後の山あいの村。政府軍と共産ゲリラが入れかわり立かわりやって来て村人を脅すという筋立てで、イデオロギーに振り回される悲劇を描いていた。また、「我らの歪んだ英雄」(パク・チョンウォン監督、1992年)というのも観たが、小学生のグループ争いを権力抗争のカリカチュアとして描くというこれもまた極めて政治色の濃厚な作品だった(パク・チョンウォンの作品は他にも「永遠なる帝国」(1995年)という李朝を舞台とした時代劇も観たことがある。いずれも、昔のユーロスペースで韓国映画特集を組んだ時に観たように記憶している)。

 いずれにせよ、濃厚な情念を描いた文芸映画か、さもなくば政治的メッセージの強い社会派映画というイメージを韓国映画に対して私は強く持っていた。どちらも作品としての完成度は高いのだが、どこかスマートさに欠けるというか、観ていて疲れるのだ。そうした印象で凝り固まっていた時に「八月のクリスマス」を観た。感情移入が素直にでき、新鮮な驚きを感じた。このような作品を作っている韓国の現状に眼をみはった。

 飛躍的な経済発展、政治的民主化の進展により韓国が先進国入りしつつあることは当然ながら知っていた。しかし、社会的な成熟にはまだ時間がかかると思っていた。感情がひだをなして輻輳する奥行きを丁寧に描き、そしてそれを鑑賞する観客層が現れるには社会的な安定が不可欠である。そのように韓国社会が質的に大きく変化していることを私は「八月のクリスマス」によって知った。

 こうした傾向は韓国ばかりでなく、中国・台湾も含めて着実に拡がりつつある。たとえば、ウォン・カーウァイの作品などもいい例だろう。大文字の政治として「東アジア共同体」の可能性が議論されているが、映画という形で心情表現における共通の文法が醸成されつつあることは特筆大書されていいと思う。

(つづく)

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コメント

TBSで『冬のソナタ』の再放送をやっていた。見ていて背中が痒くなった。

投稿: みつぼ | 2007年2月 6日 (火) 20時27分

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