適当に4冊
◆工藤庸子『宗教vs.国家──フランス〈政教分離〉と市民の誕生』(講談社現代新書、2007年)
著者はフローベールやコレットなどについて研究のあるフランス文学者。19世紀フランスの小説を読み解きながら、その背景として見える、政教分離原則をめぐって火花をちらした教会と国家とのせめぎ合いを描き出す。理屈だけで骨ばった政治思想史とは視座が異なり、具体的な社会状況を取り上げているので、当時の人びとにとっての切実なインパクトが垣間見えるのが興味深い。
◆黒沢清『黒沢清の映画術』(新潮社、2006年)
映画術とは大げさなタイトルで、映画作りのノウハウを明かしてくれるわけではない。むしろ、そんなのにはこだわらず映画と取っ組み合ってきた黒沢清の半生が語られる。私は「CURE」(1998年)や「カリスマ」(1999年)を観て以来の黒沢清ファンだが、不可解なシーンがあると、つい観念的なテーマを読み取ろうとしてしまう悪い癖がある。しかし、黒沢は必ずしも何かのテーマ性を持たせて映画を作っているわけではないらしい。ただ、たとえばホラー映画を作るにしても、「幽霊とは何か」「怖さとは何か」と、作りながら考えざるを得ない。つまり、初めにテーマを設定してから作るのではなく、作りながら考える。その分、作り終わった時には、たとえばホラー映画を作っていたなら幽霊について人一倍考えたことは胸をはれる、という言い方をしていた。そういう衒いのないところが黒沢清の良さだろう。
◆重松清『哀愁的東京』(角川文庫、2006年)
新作が書けなくなった絵本作家。フリーライターとして糊口をしのぎながら、東京で様々に息づく人々との出会いを描いた連作短編集。タイトルにひかれて買ったのだが、重松清の器用な文章は読ませるものの、私はそんなに感じ入るところはなかった。
◆吉村昭『遅れた時計』(中公文庫、1990年)
先日お亡くなりになった吉村昭の小説がふと読みたくなって本棚から引っ張り出した。吉村の作品では、たとえば『ニコライ遭難』『ポーツマスの旗』をはじめ徹底した取材に基づいて緻密に描き出された歴史小説は実に読み応えがあるが、現代の人間模様をしっとりと描いた短編も捨てがたい。何気ないきっかけで人生の歯車がおかしくなってしまった人の抱える哀しみや葛藤、そこを冷静に、しかし少々の感傷をまじえて描く筆致が私は好きだ。結核でズダズダになった病身を抱え、色々と肩身の狭い思いをした実体験が反映されているのだろう。
(2007年2月2日記)
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コメント
『cure』って観たかな。憶えてない…orz
投稿: | 2007年2月 6日 (火) 20時25分
→みつぼ氏。一緒に観に行ったじゃないか。年末の寒い時期、銀座の東劇(今はないが)で。
投稿: トゥルバドゥール | 2007年2月 6日 (火) 22時18分