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2007年1月14日 (日)

「送還日記」

 韓国政府によって逮捕された北朝鮮のスパイを我々はどのように考えるだろうか。北朝鮮が様々に問題含みな体制であることを目の当たりにしている現在、決して良い感情を持つことはないだろう。

 韓国の公安当局によるあの手この手の攻め技にも耐えて数十年ものあいだ非転向を貫いた北朝鮮のスパイが、南北の協定によって北へ送還されるまでの日々を数年にわたって撮り続けたドキュメンタリーである。

 監督は比較的若い世代に属する。言動からみると、朴正熙もしくは全斗煥政権時代に学生運動に参加した世代だろう。韓国の学生運動世代は、軍事政権への反発から、韓国政府の言うことはすべて疑ってかかるという癖がついており、監督は北朝鮮のスパイについても冤罪だと思っていたらしい。

 当然ながら、監督の基本的な政治姿勢としては反韓国保守政権の立場で、南北統一のために北朝鮮と共同歩調を取るべきという考え方を持っている。しかし、映画を撮り進めるうちに国際的な政治環境が大きく変化した。これに伴い、北朝鮮の抱えるいびつな問題から眼を背けることもできなくなってきた。そうした変化が監督たちの視線にも微妙な揺れを及ぼしているのがこの映画の一番興味深いところだ。

 ある日本人ジャーナリスト(石丸次郎)が、もともと北に親近感を持っていたにもかかわらず、北の実情を知るにつれて「いまや南北関係が問題なのではない。北朝鮮そのものが問題だ」と発言するシーンがある。監督はそれを否定しないが、「しかし、アメリカが強硬姿勢を崩さない以上、戦争体制の継続はやむを得ないのではないか」というコメントをつける。焦点のずれた強弁にしか聞こえないが、裏読みするならば監督自身の動揺が屈折して表われているとみることができるだろう。

 監督たちと非転向囚との付き合いをみている限り、一対一の人間関係としてのあたたかい雰囲気もある。しかし、彼らが折に触れて共産主義万歳、金日成主席万歳というイデオロギー論をぶち上げることには、北に同情的な監督たちといえども食傷気味なのがうかがえる。

 彼ら非転向囚と監督との間に、本当に感情的な面での交流があったのか、この映画を通してみるだけでは実のところよく分からない。北に帰った非転向囚たちがピョンヤンでのイベントに出席し、パリッとした服装に勲章をぶら下げた姿を見た時には、監督たちも違和感があったようだ。「彼らは帰るべきところ、家族のところに帰ることができて本当によかった」というコメントが映像にかぶさる。だが、監督たちのコメントから「南北統一のために」という政治スローガンがいつしか消えているのは、私の聞き落としだろうか。

【データ】
監督 キム・ドンウォン
製作 プルン映像企画
韓国/2003年
(2006年4月、渋谷シネラセットにて)

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コメント


 とにかく、世界は小さくなった。
 国や民族によって、異なる政治体制や文化、価値観といったものを並存させるということが難しくなっているように思う。
 今年、エジプトやイエメンに出かけて、イスラムの空気をたっぷり吸ってきたのは貴重な経験だったが、
 「20年、いやせめて10年前だったらもっと濃密な空気が吸えただろうに・・・」
 と感じた。

投稿: | 2006年12月25日 (月) 11時32分

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