沢木耕太郎『危機の宰相』
ルーザー(敗者)という言葉にどのような奥行きを読み取るかによって、その人の人生観が如実に表われるように思う。高度経済成長の人物的象徴とも言うべき宰相・池田勇人。「所得倍増」という経済政策のブレーンとして池田を支えた下村治と田村敏雄。彼ら三人からルーザーという共通項を見出すのを果たして奇異に感じるだろうか?
沢木のノンフィクションにはスポーツを題材として取り上げたものが多い。私はスポーツには全くと言っていいほど興味がないのだが、『敗れざる者たち』には心をとらえられ、とりわけ『一瞬の夏』のカシアス内藤の姿には、落胆、共感、諸々の気持ちがたかぶるのを抑えられなかった。不遇だけど頑張った、という類の話ではない。勝ち負けとは全く異なる次元で、その人を衝き動かしていた“やむを得ざる何か”を描き出しているところに大きな魅力がある。
池田は病を得て官僚としての出世競争から早々と脱落したが、時代の運命の中で一国の総理となった。彼を支えた下村や田村にもそれぞれに葛藤があった。スポーツと経済論戦、舞台は違う。しかし、当たり前な世間の視線からは漏れてしまっていた、彼らそれぞれが内に秘めていた“やむを得ざる何か”、そこに注がれる沢木のまなざしがやさしく熱い。
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コメント
沢木が出演、構成?していたNHKスペシャルの『奪還』という、ジョージ・フォアマンの特集をもう一度観てみたいのだが…。版権の問題とかでDVDにはならないんだろうな…orz
投稿: | 2007年1月24日 (水) 09時16分