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2007年1月 3日 (水)

ソマリア情勢の背景②

(承前)

【分断されたソマリア】

 19世紀にヨーロッパ帝国主義によるアフリカ分割が進められる中、ソマリ人の居住地域は五つに分断された。すなわち、イギリス領ソマリランド、イタリア領ソマリランド、フランス領ソマリランド(現在のジブチ)、エチオピアのオガデン地方、イギリス保護領東アフリカ(現在のケニア)である。このうち初めの二つ、イギリス領ソマリランドとイタリア領ソマリランドとが合併して独立したのが現在のソマリアである。1960年、いわゆる“アフリカの年”のことであった。

 独立の当初からソマリアは分断の契機をはらんでいた。実は、北部のイギリス領ソマリランドが独立したのは1960年の6月26日。南部のイタリア領ソマリランドも含めた「ソマリア共和国」が成立したのは7月1日で、5日のタイムラグがある。

 ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』で指摘されるように、植民地支配のために設けられた行政機構の枠組みは、支配を受けた側の国民国家的なアイデンティティーの形成に大きな影響を与えた。アンダーソンがフィールドとしたインドネシアの場合には、それぞれに風俗習慣も言語も異なる数百もの島々に散在する人びとがオランダの植民地行政という枠組みから“インドネシア人”としての一つのアイデンティティーを作り上げた。これに対してソマリアの場合、風俗習慣も言語も共通するソマリ人が、行政機構の違いによってそれぞれに異なった国民国家アイデンティティーを獲得したと言える。

 ソマリア共和国成立後、イタリア領であった南部主導で憲法が起草され、南部出身者が大統領に就任した。植民地時代以来の教育・法律・経済制度の違いもあり、イギリス領であった北部は独立当初から不満をくすぶらせる。そして、内戦が始まった後の1991年5月、ソマリア共和国成立の際に南部と結んだ合併条約を破棄し、「ソマリランド共和国」として独立を宣言することになる。

 なお、ソマリア政府が消滅した現在、「ソマリランド共和国」は独自の行政機構や議会を整え、他国から国家承認を受けていないという一点を除けば国家としての実質的な機能を備えているという。“崩壊国家”の中で事実上国家としての実効支配を行なう主体が現れた場合の国際法上の位置付けが未整備である点については遠藤貢(2006年)が論じている。

 また、北部のもうひとつの“独立国家”プントランドは連邦制を主張し、ソマリア暫定政権に参加している。

【バーレ将軍の軍事独裁】

 1969年、第二代大統領シルマルケ暗殺に伴う混乱の中、シアド・バーレ将軍がクーデターをおこし、政権を掌握した。バーレ政権は社会主義を標榜し、ソ連の支援を受ける。

 氏族間の対立が絶えないソマリアを近代化しようとバーレ政権は強引な中央集権化政策を進め、伝統的な氏族主義の慣習を禁止した。しかし、表の制度としての行政機構と裏の制度としての長老同士による調停とが並存することになり、かえって国内が混乱した。

 また、氏族単位でソマリア国内がバラバラになっているだけでなく、民族的にもソマリ人が分断されている状況を見て、ソマリ人すべての統一=大ソマリア主義を掲げた。

 そうした中、1974年に隣国エチオピアで革命がおこった。皇帝ハイレ・セラシエは廃位され、メンギスツ将軍が全権を掌握した。これに伴う混乱に乗じてバーレはソマリ人が多く住むエチオピア東部のオガデン地方に軍隊を進めた。大ソマリア主義に基づくばかりでなく、バーレの母親がオガデン出身であるという個人的な事情もあったらしい。

 しかし、オガデン獲得の野心は思うように満たされなかった。支援を当て込んでいたソ連がエチオピア支持に回ったのである。

 かわってアメリカがバーレ政権に接近してきた。1970年代、イラン・イスラム革命やソ連のアフガン侵攻などにより中東の地政学的環境が大きく変動していた。中東・北アフリカ地域に新たな橋頭堡を求めるアメリカと、ソ連から見放されたバーレとで利害が一致し、アメリカは積極的な軍事支援を行なった。この時に供与された兵器類はバーレ政権崩壊後、各武装勢力の手に渡り、内戦を血みどろのものとする。

 バーレの過酷な独裁政治に対し、1988年頃から各地で反政府運動が盛り上がり始めた。冷戦構造の崩壊によりソマリアの地政学的な価値は低下し、1990年、バーレの人権抑圧を理由にアメリカは支援を停止した。バーレの支配力は凋落して各地に武装勢力が割拠するのを防ぐことはできなくなった。

(つづく)

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