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2007年1月29日 (月)

最近読んだ雑誌から

 最近読んだ雑誌から興味を持った記事をいくつかご紹介。まずは『文藝春秋』二月号から、梯久美子「栗林中将 衝撃の最期──ノイローゼ、部下による斬殺説の真相」。硫黄島の激戦で栗林忠道がどのような最期を遂げたのかはよく分かっていない。クリント・イーストウッド監督「硫黄島からの手紙」では重傷を負った末に拳銃で自決を遂げており、これは防衛庁の編んだ『戦史叢書』にそったオーソドックスな描き方らしい。ところが、ショッキングな異説が現れた。栗林は重度のノイローゼ状態にあり、米軍に投降しようとして部下に殺された、というのだ。梯はこの異説の背景を調べ、投降説はあり得ないとの結論に達する。その過程でほの見える、戦前と戦後とでの戦争観・死生観の微妙なズレが興味深い。

 塩野七生・佐藤優・池内恵「ローマ滅亡に学ぶ国家の資格」は、塩野七生『ローマ人の物語』の完結を受けて、それぞれに独特なスタンスを持つ論者三人による鼎談。塩野は感想を聞かせて欲しいという受身の姿勢で、話題が深まらない。ようやく佐藤が『愚管抄』『神皇正統記』を、池内がイブン・ハルドゥーン『歴史序説』を取り上げてそれぞれ歴史観について話題を提起し、いよいよ話が盛り上がるぞ、というところで鼎談終了。あー、もったいない…。

 保阪正康「私が会った「昭和史の証人」秘録」。私は保阪による昭和史掘り起こしの仕事には深く敬意を抱いている。他人事のような理屈で断罪する凝り固まった思考枠組みを崩してくれるだけでなく、生身の声が持つ切実な響きには、時代を超えて人間の抱える葛藤そのものがにじみ出ており、心ゆさぶられる。今回の記事ではとりわけ、死なう団事件で特高のスパイであった老人の自殺に瞑目した。長い年月、秘密を一人抱えて生きてきた孤独。それを告白できて胸のつかえが降りた、と死ぬ前に話していたそうだ。善悪是非で個々の人間を類型化してしまうのではなく、一人ひとりがその立場の中で何を思っていたのか、そこを誠実に引き出そうとする姿勢には頭が下る。

 次は、『論座』2月号から。まずは内田樹「「これを勉強することが何の役に立つんですか」に絶句する私」。昨今の風潮として、市場原理的なマインドが教育現場にまで浸透している。これに影響されて子供たちまでもが、「有用」「無用」を安易にカテゴリー分けしてしまい、あとは“費用対効果”の論理にのせられると本気で思い込んでいる。高校の世界史未履修の問題はそうした発想の表れである。ところが、「何の役に立つのか?」という判断基準そのものを養うためにこそ、子供たちは学校に通って基礎知識を習得しなければならないのだ。市場効率が社会を成り立たせる有効なシステムの一つなのは確かだろう。しかし、市場原理の際限なき徹底が、かえって市場も含めた社会全体の基礎を掘り崩してしまうという皮肉がここに見えている。

 先般公開された「ダーウィンの悪夢」についてはこのブログでも紹介した。勝俣誠「ドキュメンタリー映画『ダーウィンの悪夢』は、「北」の私たちを不安にさせる」は、このドキュメンタリーの政治経済的背景を南北問題の枠組みから解説してくれる。アフリカの問題は新聞記事での扱いも小さく、なかなか目にとまらない。資源輸出型経済の破綻、企業歓迎国家への変質によりますます「北」の経済に従属せざるを得なくなる矛盾などが指摘される。

 坂下雅一「「憎しみの連鎖」から解き放たれるために──紛争地メディアの支援」は、インドネシアのマルク諸島、ルワンダ、旧ユーゴなどの具体例を取り上げながら、紛争地におけるメディアが“敵意の扇動”に加担してしまう問題を指摘し、その解決策を模索している。

 『水からの伝言』という写真集の存在を私は寡聞にして知らなかった。これによると、たとえば「ありがとう」という言葉を見せた水は、冷凍すると雪花状に美しく結晶化し、「ばかやろう」という言葉を見せた水は雪花状にならないという。つまり、“良い”言葉は美しい結晶をつくり、“悪い”言葉は醜く崩れると言いたいらしい。もちろん、擬似科学本だ。こんなうさんくさい本が教育現場の一部で使われているというのだから驚いた。菊池誠「『水からの伝言』が教えてくれないもの」は、こうしたニセ科学の発想から、人間の心の問題を“物質”や“自然”などの“客観的な事実”に求めようとするいびつな精神構造を抉り出している。同様の観点から、田崎晴明「科学の心、科学的思考、そして科学者の姿勢とは」は科学者の持つ研究姿勢について、左巻健男「お手軽化が蔓延する教育現場の怪」はTOSS(教育技術法則化運動)なる教育団体の危うさを指摘してる。

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コメント

ダーウィンの悪夢、DVDにならないかしら?

投稿: みつぼ | 2007年1月29日 (月) 08時54分

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