ソマリア情勢の背景①
エチオピアが隣国ソマリアの暫定政府を支援するという形で軍事介入を本格化させた。首都モガディシオを含むソマリア中南部を事実上掌握していた“イスラム原理主義”(この表現には色々と問題があるが、新聞報道に従い便宜上用いる)勢力「イスラム法廷」の拠点に対してエチオピア軍は2006年12月24日に爆撃を開始し、28日までにモガディシオを占領。撤退した「イスラム法廷」は徹底抗戦の姿勢を示し、泥沼化するおそれもある。
もう十六年にもわたって内戦状態にあるソマリア。北部のソマリランド、プントランドが独立宣言を出したほか各地に武装勢力が割拠し、その離合集散によってあたかも戦国時代の様相を呈している。欧米諸国や隣国エチオピアが後押しする暫定政府があったものの、ほとんど実権はなかった。
そうした中で頭角を現してきたのが“イスラム原理主義”勢力の連合体「イスラム法廷」である。武装勢力によるとどまることのない流血の混乱に人びとが飽き飽きしているところへ、イスラムの基本に立ち返ることを主張する勢力が秩序建て直しへの期待を受けて登場したという成り行きは、アフガニスタンのタリバンを思い起こさせる。「イスラム法廷」は暫定政府や各地の武装勢力と戦い、2006年6月には首都モガディシオを占領するまでに急成長を遂げた。
こうした「イスラム法廷」の動向に深刻な懸念を抱いたのが隣国エチオピアであった。エチオピア東部のオガデン地方には百万人ほどのソマリ人が住んでいる。ここにイスラム過激派の影響が浸透して反政府活動が活発になることを恐れたのである。“イスラム原理主義”ネットワークを押さえ込むための“対テロ戦争”の一環という位置付けをアピールすれば欧米諸国からの支持を取り付けられると見込んでいるのは間違いない。また、エチオピアと国境紛争を抱えているエリトリアが「イスラム法廷」を支援しており、今回の軍事介入にはエチオピアとエリトリアとの代理戦争としての側面があるとも指摘されている。
今回は、ソマリア情勢の背景をまとめてみたい。ここからは、植民地化された地域におけるナショナル・アイデンティティーの揺らぎ、人道的介入のディレンマ、“対テロ戦争”の是非など複雑な問題が絡み合っているのが見えてくる。
【氏族主義の社会】
ソマリアの人口は、2004年度で800万人とされる。その90%がソマリ人。遊牧を主な生業としている。また、やはり国民の90%超がイスラム教スンニ派を信奉している。一つの民族がこれだけのパーセンテージを占めるのはアフリカでは珍しい。
ソマリア社会を動かす基本的な政治単位は父系制に基づく血縁集団としての氏族である。氏族はさらに支族、ディヤ(補償)集団と細分化される。ディヤ集団は数百人から数千人規模である。
ディヤ=補償集団とは聞きなれない表現だが、次の意味合いがある。たとえば、ケンカで人を殺してしまったとしよう。和解処理のため、加害者はラクダ50頭を用意する。同時に、加害者の属するディヤ集団全体としても別に50頭を用意し、合計100頭を損害への補償として被害者の属するディヤ集団に送る。被害者の遺族はそのうちの50頭を受け取り、残り50頭は被害者の属するディヤ集団全体のものとなる。こうした形で連帯責任を負うのがディヤ集団である。
従って、警察など行政機構が事件の処理に関わることがあっても、最終的にはディヤ集団の長老同士の話し合いによって裁定される。その意味で、ディヤ集団を軸として氏族主義的な人間関係がソマリア独特の秩序を成り立たせている。ところが、バーレ政権時代の中央集権化政策はこうした氏族中心の慣習を全面的に禁止したため、国内秩序が混乱してしまったと言われる。
また、氏族間の様々な対立関係には牧草地や水源などの利害が密接に絡んでおり、こうした問題もその後の内戦を深刻にした一因となっている。
※地図は外務省のHPから転載した。参考文献は最後に掲げる。(2006年12月31日記)
(つづく)
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