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2006年12月10日 - 2006年12月16日

2006年12月16日 (土)

高木徹『大仏破壊』

高木徹『大仏破壊──バーミアン遺跡はなぜ破壊されたのか』(文藝春秋、2005年)

【古参タリバンの苦悩を見据える眼差し】

 2001年3月、アフガニスタン北部にあるバーミアンの仏教遺跡がタリバンによって破壊された。世界中の非難をよそにタリバンはなぜこんな暴挙を敢えてしたのか? 本書はこの問題について丹念な取材を重ねながら、大仏破壊が実は約半年後に世界を震撼させた9/11同時多発テロの前触れであったことを立証したノンフィクションである。

 タリバン政権で情報文化次官を務めたホタクが「タリバンには大仏を破壊する意図はなかった」と証言した。一般的に受け止められているタリバンのイメージとは明らかに違う。このズレは一体何なのか、そうした疑問を抱いたところから本書は始まる。

 当時のタリバン政権は一種独特な統治形態を取っていた。政治的な実務は従来からの首都カブールで行われたが、最高指導者のオマル師は遠く離れたタリバン発祥の地カンダハルに留まり、そこから指示を飛ばしていた。

 そうした政治と権威とが切り離された指導体制が取られる中、アメリカによって包囲網がジワジワと狭められ居場所がなくなったビンラディンがアフガニスタンへ逃げ込んできた。彼は豊富な資金力をバックにオマル師を取り込み、タリバンの最高指導部をアルカイダが実質的に乗っ取ってしまう。アルカイダはアフガニスタンを反米戦争の新たな拠点にすべく準備を進め、世界に対して宣戦布告する象徴として行なわれたのが大仏破壊の決定であった。

 カブール駐在の国連関係者や外交団、考古学者たちが破壊の阻止に向けた努力を尽くす。そして、古参のタリバン・メンバーもまたこのアルカイダによる決定に反発した。アルカイダの解釈では、イスラムは偶像崇拝を禁じているので異教徒の大仏を破壊するのは正当な宗教的行為だという。だが、その一方で、バーミアンの大仏はアフガニスタンの風景にすっかり馴染んでおり、父祖たちが代々残してきたものをことさらに壊す必要はないというファトワ(イスラム法学者の見解)もかつて出されていた。

 ホタクをはじめとして情報文化省や外務省に所属する穏健派タリバンは、国連、さらにはアメリカとも連絡を取りながらオマル師の説得を試みる。しかし、ビンラディンに心酔しきったオマル師の決定はもはや覆らなかった…。

 タリバンにとって、アルカイダを動かすアラブ人は外国人である。そんな彼らが自分たちの国を好き勝手に動かそうとしているのをホタクたち古参メンバーはこころよく思っていなかった。その一方で、オマル師はタリバンの精神的支柱であり、彼の意向に背くこともできない。そうした板ばさみになったホタクたちの苦悩を、共感可能なディテールまで描き出しているところに本書の一番の魅力がある。

 アルカイダにせよ、タリバンにせよ、イスラム世界をめぐる情勢を知らないと我々は「イスラム原理主義」という枠組みに括ってレッテル貼りをすることで、あたかも分かったかのような気になってしまう。そのような思い込みを解きほぐすという点で、こうした具体的な人間の機微にまで踏み込んだノンフィクションは有益であろう。

【著者プロフィール】

1965年東京都生まれ。1990年東京大学文学部卒。同年、NHKにディレクターとして入局。福岡放送局などを経た後、報道局勤務。NHKスペシャル「民族浄化 ユーゴ・情報戦の内幕」(2000年)、「バーミアン大仏はなぜ破壊されたのか」(2003年)、「情報聖戦アルカイダ 謎のメディア戦略」(2004年)などを担当。『戦争広告代理店』(講談社文庫、2005年、)で講談社ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞を、本書『大仏破壊』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。

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2006年12月15日 (金)

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」

 映画も話題の柱にしたいので、もう一つおまけ。今年の二月頃に観た青山真治監督「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」の感想をつづったメモがあったので、載せておきます。

 【エリ・エリ・レマ・サバクタニ】

 青山真治の映像センスに私はしびれている。 
 吹きすさぶ風の動きと共に大きく波うつ荒々しい砂丘。強風ではためくテントの中には死体が転がり、世界の滅びを予感させる光景がまず観客の目を奪う。

 何よりも圧倒されるのは、ラスト近くの演奏シーンだ。晴れやかに澄み渡った透明感のある空の下、草原のゆるやかに広がる丘陵地帯、青と緑のコントラストは胸がすくように美しい。存在するものすべてを包み込むような壮大な空間の中、4台の音響装置がそびえ立っている。大地をゆるがすノイジーな爆音が、観客の耳と、そして胸の中にまで鋭くつんざき、音響の高揚につれて映像がぶれる。まるで、目に見えるものの輪郭をすべて打ち消そうとするかのようだ。音響と映像、さらには観る者の思考作用までもが混線し、一種のトランスともいうべき不思議な映像体験。宇宙との一体感、というと大げさだが、そうした感覚を描き出そうとしているのがよく伝わってくる。

 ストーリー云々という以前に、青山真治の繰り出す映像一つ一つに気持ちが魅きつけられた。一歩引いたスタンスから世界を俯瞰するような視線、ノイズと透明感とが共存するかわいた映像世界。どこか私自身の心象風景が呼び覚まされるようで、充実した2時間を過ごすことができた。

 2015年、“レミング病”の流行が人々を震え上がらせている近未来の世界。それは、感染すると自分の意志とは関係なく自殺してしまうという正体不明の奇病であった。

 世の中の騒ぎを尻目に、ミズイ(浅野忠信)とアスハラ(中原昌也)の二人は音の素材を集める活動に没頭し、世捨て人同然の生活を送っている。彼ら二人の奏でる音楽には“レミング病”の発症を抑える効果があるらしい──そんな噂を聞きつけた大富豪のミヤギ(筒井康隆)が、“レミング病”に感染した孫娘のハナ(宮崎あおい)を連れてミズイとアスハラのもとに現れた。

 ふとミヤギがつぶやく、「神よ、なにゆえに我を見捨てたもうや(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)」。

 この映画に一貫するテーマは“音”である。様々な素材に秘められた独特な“音”の持ち味を活かすシーンが大半を占め、セリフは極端なまでに少ないが、そうした中でも次の2つのシーンが印象に残っている。

 まず、映画の主要舞台の一つ、ペンションでの会話。ミヤギがペンションの女主人(岡田茉莉子)に、自分の息子夫妻、つまりハナの両親が“レミング病”で死んだことについて語る。「みんな死んでしまった、だけど…」と言いかけたとき、「私の心の中にいつまでも残ってる、って言いたいんでしょ」と女主人が話の腰を折ってしまう。「…よく分かりましたね」「そんなのよくあることよ」

 一人が抱える個別的な悲しみは、無論その人にとってかえがたいものであるのは当然だ。しかし、他人にもまたその人なりの別な悲しみを背負っているわけで、自分の悲しみが自分ひとりに降りかかった特別なことであるかのように語ろうとするおこがましさ。

 もう一つ印象に残っているのは、ミズイがミヤギに向かってつぶやいた次の言葉。
 ──「自殺するのは“レミング病”のせいなのか、それとも本当に死にたいのか、区別できるんだろうか?」

 もちろん、答えはない。ただ、飛躍かもしれないが、この答えに関わることで、青山真治が以前に撮った作品「EUREKA」(2000年)をいま思い浮かべている。

 乗客のほとんどが殺されてしまったバスジャック事件で生き残った兄妹(宮崎将、宮崎あおい)と運転手(役所広司)、心に傷を負った彼ら3人は一緒に事件の現場を再訪する旅に出る。過去に起こったことを直視し、その一切を受け容れるために。旅の果てにたどり着いた山の頂で、それまで能面のように黙りこくっていた少女がハッとした表情を見せた(“何か”に気付いた=EUREKA!)。その途端、モノクロで進行していた映像が一挙にカラーに反転、彼らのたたずむ山の頂が、さらにはるか上方から俯瞰するように映し出される。つまり、自分たちのいまいる世界の広がりに気付くこと、その中に自分たちの抱える傷もあること、そうした一切を理解することが問題の“解決”につながる──。

 トラウマは“治せない”。ただ、原因となっている出来事を記憶の深みから掘り起こし、対面し、納得する。そうしたプロセスを経ることで神経症はおさまるというのが精神分析学の基本的なセオリーだが、下手すると“心理学依存症”になりかねないこの問題を、映像センスで見事に描ききっているのが私には強烈に印象的だった。

 同様のテーマ設定を、今回の「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」の終盤近く、爆音の演奏シーンから感じている。

 原因とは? 理由とは? 特定の何かに帰属を求めようとするならば“レミング病”のせいだということにした方が話は早い。しかし、大地と音響との共振の中で「生きる希望を見出す」という寓話を通して示されているのは一体何だろうか? 原因→結果という単線的な因果関係の中に無理やりに自分をあてはめるのではなく、その一切をひっくるめた大きな広がりの中に自分のありかを感じ取ること、それが個別の意味づけを超えたところで“生きる”自覚につながるという“気付き”の瞬間ではないのか。

 青山は、この映画を通して絶望を感ずるか、希望を抱くのか、それは観る人次第だ、と語る。“気付き”のあり方もまた人次第。言葉や論理とは違った表現の可能性を映像で示してくれた点でとても魅力的な作品であった。

【データ】
監督:青山真治
プロデューサー:仙頭武則
製作:TOKYO FM、バップ、ランブルフィッシュ
2005年/カラー/107分

(2006年2月、テアトル新宿にて)

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2006年12月14日 (木)

『国家の罠』──佐藤優の深い学識、強靭な思考力②

 引き続き佐藤優さんについてです。

【佐藤の思想的背景は?】

 本書のタイトルには二つの意味合いが込められている。一つは、タイトル通りに告発本・暴露本的な感じ。ジャーナリスティックに売ろうという意図が見える。もう一つは、ちょっとひねってあり、あとがきに次のエピソードが紹介されているのが印象的だった。

 担当編集者が『旧約聖書』「伝道の書」の一節、飛ぶ鳥も罠にかかるがすべては無常、という趣旨の部分を読み上げ、これにかけて『国家の罠』としましょうと提案。これを佐藤も了承(気に入ったとみえ、『世界』で連載中の評論では「民族の罠」とつけている)。一般人向けに売り込みのためのどぎつさを出しつつ、同時に隠されたテーマをほのめかすことで著者の意図もきちんと盛り込む。うまいタイトルのつけ方だし、書き手の意図をしっかり理解している編集者との阿吽の呼吸もうらやましい。

 私としては、佐藤が何をしたかよりも、彼の物事に処する姿勢、もう少し言うなら、自分自身をも含めてあらゆる物事をどこか突き放した視点で眺めることができるのは何なのか。そうした彼のパーソナリティーに一番興味を抱いた。

 一つには、ロシアで情報収集活動に従事していた時、魑魅魍魎のような人間関係を泳ぎ渡る中で研ぎ澄ませたものがあるのだろう。

 ただ、それ以上に、神学研究を志した頃から彼の中に秘められている確信に何かがありそうだ。たとえば、プロテスタントの神学者カール・バルトの思想に見られるような、神と人間との隔絶を自覚し、人間には絶対に分からない神の論理で動かされていることを理解した感覚。

 先日、佐藤の講演会を聞きに行った時、質疑応答で「佐藤さんの人生態度の原点はキリスト教ですか?」という質問があった。それを聞いて「うれしいことを聞いてくれました。まさにその通りです」と返答。同時に「それはあくまでも私の問題であって、自分の信仰を人に押し付けるようなことは絶対にしない」と付け加えたのが印象に残っている。

 現実の動きに揉まれながらも、アカデミックな視点を両立させている彼の姿勢は、少なくとも私にとっては気持ちを大いに鼓舞されるところがあった。

 佐藤は大学時代からチェコの神学者フロマートカの研究をしており、彼の自伝を翻訳している(『なぜ私は生きているか』新教出版社、1997年)。外交官としてヨーロッパに滞在していた時も機会をみつけてはチェコを訪れていたという。

 そもそも、最初はチェコ問題の専門家になるつもりで外務省に入ったところ、勤務先の都合でロシア語コースにまわされただけで、外交という仕事にもともと関心はなかったらしい。(本書の中でも、講演会で語る時にも、しばしば「好きなことと出来ることは違う」と語るのが印象的だ)。

 フロマートカという人物について私は佐藤を通して初めて知ったのだが、共産党とキリスト教会との緊張関係の中、平和重視のスタンスから両者の和解に努めたことでキリスト教関係者の間では平和運動家として評判が高かったらしい。

 だが、佐藤はそういう当たり前な理解に疑問を持った。第二次世界大戦中、フロマートカはアメリカに亡命して反ナチスの論陣を張り、一躍有名人となった。しかし、その間、チェコに残った同僚や教え子たちはナチスによって殺されたり、投獄されたりとひどい目に遭っていた。ドイツの敗北後、チェコに帰国したものの、自分は安全な場所にいたから好きなように発言できただけだという事実に、うしろめたさという以上の激しい後悔を感じたことが、その後のフロマートカの“平和”運動の原点だ──それが佐藤の理解である。

 1948年、今度は共産党という別の全体主義勢力がチェコでクーデターを起こし、多数の亡命者が国外へ逃れた。この時、フロマートカは逃げずに踏みとどまった。一度後悔をしたからこそ、そうした筋を通す姿勢を取り得た所に佐藤は魅かれたのだろう。

 自ら訳したフロマートカ自伝の巻末に佐藤は長い解説論文を掲載している。それによると、フロマートカは死の間際、枕元に集まった人々に向かって次のようなことを語ったという。どんなに迫害されても自分の今いる場所から逃げてはいけない、もし逃げたならあなたの言葉から真実はうしなわれる──。佐藤もこの遺言で論文をしめくくる。

 佐藤は逮捕された時にも、獄中にあった時にも、かつての同僚たちが次々と“落ちて”いく中、自分は何も悪いことはしていないと突っぱね続けた。そうした彼の姿勢はマスコミの目には傲岸不遜に映り、散々に書きたてられた。しかし、フロマートカに関心を寄せる佐藤の感受性からすると、もっと別の精神的な芯の太さによることは明らかだろう。

 獄につながれ、しかも世間的にはマスコミによってあることないこと様々に書き立てられる中、佐藤をよく知る少数の人々だけが支援を続けた。彼は岩波書店の『世界』や新潮社の『フォーサイト』にロシア情勢解説の記事を寄せていたのだが、その時から付き合いのある編集者たちもそうした輪の中にあった。

 たとえば新潮社の編集者は、佐藤が汚職なんてするはずがないと思ってすぐに刑務所に連絡を取ろうとしたが、手紙を書いても佐藤の手に渡らない。それで何か裏事情があるに違いないと気付いたという。岩波書店の編集者は司馬遷『史記』列伝を獄中に差し入れた。司馬遷は漢の武帝の逆鱗に触れて刑を受けた。その屈辱をバネにして『史記』を書き上げたというエピソードをほのめかしてメッセージを伝えようとしたのだろう。

 濃密な信頼関係や、『国家の罠』のタイトルを決める際にも見られるように豊かな教養を通して含みのあるコミュニケーションを取れるような書き手と編集者との関係には、あこがれの気持ちを抑えることができない。

【補足──佐藤優さんの略歴】
 1960年生まれ。県立浦和高校卒業後、同志社大学神学部へ進み、同大学院修士課程修了(組織神学専攻)。その後、専門職(ノンキャリア)として外務省に入省。ロシア語の専門家となり、ロンドンやモスクワで勤務。主に情報収集活動に専念。外交官として働く傍ら二足のわらじを履いてキリスト教神学の研究を続けるほか、モスクワ大学哲学部非常勤講師(キリスト教神学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)として大学の講義もこなした。鈴木宗男事件で逮捕されて1年半ほど獄中にあり、その経験をきっかけとして文筆活動を展開している。現在の身分は“起訴休職中国家公務員”。

 ベストセラー『国家の罠』(新潮社、2005年)の他、『国家の自縛』(産経新聞社、2005年)、『国家の崩壊』(にんげん出版、2006年)、『日米開戦の真実──大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、2006年)、『自壊する帝国』(新潮社、2006年)、『北方領土「特命交渉」』(鈴木宗男と共著、講談社、2006年)、『インテリジェンス──武器なき戦争』(手嶋龍一と共著、幻冬舎、2006年)、『ナショナリズムという迷宮』(魚住昭と共著、朝日新聞社、2006年)、『獄中記』(岩波書店、2006年)を立て続けに刊行した他、幅広いジャンルの雑誌に執筆している。

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2006年12月13日 (水)

『国家の罠』──佐藤優の深い学識、強靭な思考力①

 ここのところ、佐藤優さんの執筆活動に注目しています。去年の十月頃でしたか、ベストセラー『国家の罠』を読んで非常に驚き、佐藤さんの学識の深さ、強靭な思考力に興奮しながら書きとめたメモがあるので、ブログ開設後第一弾として掲載します。

【国家というカフカ的迷宮】

 最初はほとんど期待していなかった。友人から勧められたのでなければ、おそらく読むことはなかっただろう。

 著者は元外務省主任分析官。“外務省のラスプーチン”と呼ばれ、鈴木宗男事件で逮捕されたことでその名は広まった。私には先入観として、能力はあるのに出世のできないノンキャリアが有力政治家と結びついた、という程度の認識しかなかった。政界暴露本だろうと思い、暇つぶしに読もうというくらいの軽い気持ちで紐解いたのだが、一読して驚いた。思わぬところから思わぬ人材が現れたものだ。

 この本には様々な読み方があり得る。外交論、国家論、現代日本社会論、etc.…。私の場合には、著者のパーソナリティーとして、自分自身も含めて物事を突き放して見る態度はどのように形成されたのか、そこに一番興味を持った。

 「これは国策捜査だ!」という惹き文句が帯に踊る。ダイレクトでどぎついタイトルと相俟って、誰かの仕掛けた罠にはまってしまった、その告発という内容のように見える。ところが、実際に読んでみるとそんな単純な話ではない。

 国策捜査──著者が実際に取調べを受けた検察官から直接言われたらしいが、込められている意味合いは普通に感じ取られるものとは微妙に違う。

 検察は、時代の雰囲気を見て捜査対象を絞り込む。時代の転換点には、時代が変わったということをみんながはっきりと自覚できるように何らかの特徴的なエピソードが求められる。政治家の摘発を通してそれを示すのが、国策捜査として検察に期待される役割なのだという。今回、そのターゲットとされたのが鈴木宗男事件だった。この事件の糸口をつかもうと検察はまず手始めに佐藤の身柄を拘束した。

 冤罪と国策捜査は違う。冤罪は事件のでっちあげだが、国策捜査の場合、罪は罪である。ただ、従来ならば問題とはならず、習慣的に黙認されていたのでグレーゾーンとなっていた部分に対して、罪となるスタンダードが引き下げられた。ダブルスタンダードだろうと何だろうと、法に引っかかった以上、正当な捜査活動だ──というわけである。

 では、どんな転換点か。内政・外交の二つの側面がある。対内的な問題としては、従来の再配分・利害調整型の社会から、現在の小泉構造改革路線に象徴される自己責任重視の社会へ。対外的には、従来の国際協調型の外交政策から、最近の北朝鮮問題や嫌韓・反中的な世論に顕著に見られる対外硬のナショナリスティックな外交政策へ。

 鈴木宗男は、この二つの問題で負の役割を演じるのにうってつけの政治家であった。つまり、北方領土という国益に関わる問題で私腹を肥やした土建屋政治家、というイメージ。田中真紀子や辻元清美などとの泥仕合でメディアへの露出度が高く、しかも田舎者風の容貌で甲高い声をあげる一見滑稽なキャラクターは、マスコミからバッシングを受けるのに最適である。案の定、検察の動きに連動してマスコミは派手に書きたて、ジャーナリスティックで下世話な次元も含めて、世間への浸透度は極めて高くなった。

 ここでいう国策捜査とは、いわゆる陰謀論的に裏で糸を引く陰の実力者がいるとかいう話ではない。もちろん、行政の動きである以上、誰かの指示で動いているのは確かである。ただ、それは特定の誰かの意図によるのではない。その指示を出す人物もまた、時代の雰囲気に絡め取られている。

 国家というシステムの中にいるのだから、そのシステムの広がりはある程度の実感をもって分かっているはずだ。少なくとも、日常感覚として我々はそう思う。しかし、手探りできる範囲以上のことはさっぱり分からない。“国家”という、あたかもカフカの小説世界を思わせるような迷宮構造の中、ある日突然、身に覚えのない容疑で佐藤は捕まる。まさに『審判』のヨーゼフ・Kを見舞った運命と同じように。

(つづく)

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2006年12月12日 (火)

はじめに

 こんな方針でブログを運営しようと思います。
① 話題は読書と映画を中心とする(他に趣味がないもので…)。
② 身辺雑記は書かない(書いたって、どうせドラマはありませんから…)。
③ 格好つけずに率直に。批判を恐れず、思いつきでも書いてみる(書き込みへの批判に備えた言い訳です…)。

 私はブログ初心者です。書くのは無論初めてですが、他の方々のブログを読むこともあまりありませんでした。

 また、これからブログを開くに当って、実は読んでもらうことを期待していません。そんなに面白いことを書けるわけがありませんから。

 それなのに、なぜブログなんか始めたのか? 友人から慫慂を受けたというきっかけが直接にはありましたが、それだけではありません。

 ここのところ、自分の思考力が衰えているのを感じています。それは、文章を書く習慣が薄れたせいだと考えています。そこで、最近、ノートを用意して日記をつけようと試みたのですが、3日もすると面倒になってほったらかし。書こうという意欲が湧かないのです。

 書くことは、ものを考える上で不可欠な行為です。自分の意見と思っているものでも意外と他人からの受け売りは多いものですが、それを再吟味するためにも自分自身で文章をつづる作業が有効です。

 言葉には二つの役割があると思います。

 第一に、意見の伝達道具としての言葉。自分の考えを根拠とロジックに基づいて整理し、相手を説得します。

 第二に、自らを映し出す鏡としての言葉。モヤモヤと自分の中にわだかまっているアモルファスな流れ、自分の中に渦巻いているのに、自分でもよく分からないという苛立ちをふと感ずることがあります。そうした表現しがたい何かに、少しずつでも形を与える試行錯誤を通して、自分の生身の感覚を追体験的に意識化する。そうした作業のためにも言葉は効果的です。

 つまり、自身を映し出す鏡として言葉を使ってみる。それは同時に、他人へのコミュニケーション・ツールでもあります。すると、きっかけは自分一人の自己満足のためであったとしても、文章をつづるにはどうしても相手が必要なのです。日記のようにひっそりと自己完結的にまとめるのが可能な表現手段であっても、読まれるという前提がなければ書き進めることができないのです。

 読まれることを期待していないのに、読まれることを前提に書く。何だか妙な話ですよね。ディスプレイの向こうに広がるネットの世界に、私を見ている人が誰かいるのか、ひょっとしたら誰もいないのか、実感的には確証できません。たとえ誰もいなくとも、あたかもいるかのような緊張感を自分に強いると言ったらいいでしょうか。何だか、フーコーが『監獄の誕生』で取り上げたパノプティコンみたいですが(ちょっと違うか…)。

 ブログのタイトルは、「ものろぎや・そりてえる」。寂しき独白、とでも言いましょうか。私は辻潤という人が好きで、彼の文章から拝借しました。

 モノローグとは言っても、特に構えてコミュニケーションを拒絶するつもりはありません。コメントをつけていただけるのは大歓迎です。

 それでは、よろしくお願いします。

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