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2006年12月13日 (水)

『国家の罠』──佐藤優の深い学識、強靭な思考力①

 ここのところ、佐藤優さんの執筆活動に注目しています。去年の十月頃でしたか、ベストセラー『国家の罠』を読んで非常に驚き、佐藤さんの学識の深さ、強靭な思考力に興奮しながら書きとめたメモがあるので、ブログ開設後第一弾として掲載します。

【国家というカフカ的迷宮】

 最初はほとんど期待していなかった。友人から勧められたのでなければ、おそらく読むことはなかっただろう。

 著者は元外務省主任分析官。“外務省のラスプーチン”と呼ばれ、鈴木宗男事件で逮捕されたことでその名は広まった。私には先入観として、能力はあるのに出世のできないノンキャリアが有力政治家と結びついた、という程度の認識しかなかった。政界暴露本だろうと思い、暇つぶしに読もうというくらいの軽い気持ちで紐解いたのだが、一読して驚いた。思わぬところから思わぬ人材が現れたものだ。

 この本には様々な読み方があり得る。外交論、国家論、現代日本社会論、etc.…。私の場合には、著者のパーソナリティーとして、自分自身も含めて物事を突き放して見る態度はどのように形成されたのか、そこに一番興味を持った。

 「これは国策捜査だ!」という惹き文句が帯に踊る。ダイレクトでどぎついタイトルと相俟って、誰かの仕掛けた罠にはまってしまった、その告発という内容のように見える。ところが、実際に読んでみるとそんな単純な話ではない。

 国策捜査──著者が実際に取調べを受けた検察官から直接言われたらしいが、込められている意味合いは普通に感じ取られるものとは微妙に違う。

 検察は、時代の雰囲気を見て捜査対象を絞り込む。時代の転換点には、時代が変わったということをみんながはっきりと自覚できるように何らかの特徴的なエピソードが求められる。政治家の摘発を通してそれを示すのが、国策捜査として検察に期待される役割なのだという。今回、そのターゲットとされたのが鈴木宗男事件だった。この事件の糸口をつかもうと検察はまず手始めに佐藤の身柄を拘束した。

 冤罪と国策捜査は違う。冤罪は事件のでっちあげだが、国策捜査の場合、罪は罪である。ただ、従来ならば問題とはならず、習慣的に黙認されていたのでグレーゾーンとなっていた部分に対して、罪となるスタンダードが引き下げられた。ダブルスタンダードだろうと何だろうと、法に引っかかった以上、正当な捜査活動だ──というわけである。

 では、どんな転換点か。内政・外交の二つの側面がある。対内的な問題としては、従来の再配分・利害調整型の社会から、現在の小泉構造改革路線に象徴される自己責任重視の社会へ。対外的には、従来の国際協調型の外交政策から、最近の北朝鮮問題や嫌韓・反中的な世論に顕著に見られる対外硬のナショナリスティックな外交政策へ。

 鈴木宗男は、この二つの問題で負の役割を演じるのにうってつけの政治家であった。つまり、北方領土という国益に関わる問題で私腹を肥やした土建屋政治家、というイメージ。田中真紀子や辻元清美などとの泥仕合でメディアへの露出度が高く、しかも田舎者風の容貌で甲高い声をあげる一見滑稽なキャラクターは、マスコミからバッシングを受けるのに最適である。案の定、検察の動きに連動してマスコミは派手に書きたて、ジャーナリスティックで下世話な次元も含めて、世間への浸透度は極めて高くなった。

 ここでいう国策捜査とは、いわゆる陰謀論的に裏で糸を引く陰の実力者がいるとかいう話ではない。もちろん、行政の動きである以上、誰かの指示で動いているのは確かである。ただ、それは特定の誰かの意図によるのではない。その指示を出す人物もまた、時代の雰囲気に絡め取られている。

 国家というシステムの中にいるのだから、そのシステムの広がりはある程度の実感をもって分かっているはずだ。少なくとも、日常感覚として我々はそう思う。しかし、手探りできる範囲以上のことはさっぱり分からない。“国家”という、あたかもカフカの小説世界を思わせるような迷宮構造の中、ある日突然、身に覚えのない容疑で佐藤は捕まる。まさに『審判』のヨーゼフ・Kを見舞った運命と同じように。

(つづく)

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コメント

私も佐藤優の『国家の罠』を初めて読んだ時にはショックだった。
文中にある“友人”とは、私のことであろう。
(*^▽^*)

投稿: みつぼ | 2006年12月14日 (木) 09時55分

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» 佐藤優 『獄中記』 (岩波書店)、 『ナショナリズムという迷宮』(朝日新聞社) 書評 [試稿錯誤]
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受信: 2007年1月 6日 (土) 00時56分

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