高木徹『戦争広告代理店』
今回取り上げるのもまた高木徹さんの著作で『戦争広告代理店』(講談社、2002年、講談社文庫、2005年)です。
【メディア・リテラシー感覚を養うに最適の一冊】
ユーゴスラヴィアから独立したばかりのボスニア・ヘルツェゴビナ。“新米”外務大臣シライジッチは、セルビア人が主導する新ユーゴスラヴィア連邦から軍事的脅威を受けつつある現状を打破せよという使命を帯び、国連総会に出席すべくニューヨークに降り立った。 いざやって来たものの何から手をつけたらよいやら分からず途方にくれている中、こんなアドバイスを受ける。
──世界を動かすにはアメリカ政府を動かせ。アメリカ政府を動かすにはアメリカの国内世論を動かせ。アメリカの国内世論を動かすにはPR会社を使え。
バルカン半島の小国に関心を向ける人などほとんどおらず、モスレム人、セルビア人、クロアチア人が三つ巴になった複雑な政治的・歴史的背景について理解してもらうのはなかなか難しい。
そうした中、乏しい国家予算の大半をつぎ込んで依頼したPR会社の繰り出すイメージ戦略は効果テキメン。いつの間にか「ナチスのように極悪非道なセルビア人、かわいそうなモスレム人」という勧善懲悪的な国際世論が定着してしまった。実際には、三民族ともに民間人虐殺などの戦争犯罪をおかしていた点では変わりないにもかかわらず。
そんな単純な問題ではないと主張しようものなら「お前はセルビア人のホロコーストを許すのか!」と袋叩きにあってしまう。中立的な外交関係者や学者は黙するしかない。実際、国連平和維持軍司令官として三民族の調整に奔走したカナダの軍人は、その中立的な立場ゆえに失脚してしまった。
セルビア側があわてて巻き返しを図っても時はすでに遅し、一度確立したイメージは崩しがたく、別のPR会社を訪れても「挽回はもう無理」と門前払いをくってしまう。結局、セルビア勢力の最高実力者ミロシェヴィッチは逮捕され、ハーグの国際軍事法廷で裁かれる最初のケースとなった。
情報戦のディテールを再現した迫真のドキュメンタリーであり、登場人物のパーソナリティー描写にはドラマとしての盛り上がりもあり読み物として面白い。何よりも、国際情勢を読み解く上で不可欠なメディア・リテラシーの訓練として貴重な一冊である。
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コメント
ものろぎやそりてえる氏は、以前から国際政治
には常に関心を寄せてウォッチしていたが、佐藤
優を読むようになってから、ますますその傾向が
強まっているな…というのは私の誤りかな?
投稿: みつぼ | 2006年12月17日 (日) 11時11分
そういうわけではないよ。私の佐藤優さんへの関心は、外交論ではなく、その背景をなす彼の思想的な柱はどこにあるのかという点なので。
高木徹さんの著作に関心を持ったのは『大仏破壊』を読んでから。
では、なぜ『大仏破壊』を読んだかというと、①むかし中央アジア史に関心を持っていて、バーミアン遺跡が気になっていたから。②イスラム過激派の動向への関心、以上の2点によります。
投稿: トゥルバドゥール→みつぼ氏 | 2006年12月17日 (日) 21時13分