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2006年12月14日 (木)

『国家の罠』──佐藤優の深い学識、強靭な思考力②

 引き続き佐藤優さんについてです。

【佐藤の思想的背景は?】

 本書のタイトルには二つの意味合いが込められている。一つは、タイトル通りに告発本・暴露本的な感じ。ジャーナリスティックに売ろうという意図が見える。もう一つは、ちょっとひねってあり、あとがきに次のエピソードが紹介されているのが印象的だった。

 担当編集者が『旧約聖書』「伝道の書」の一節、飛ぶ鳥も罠にかかるがすべては無常、という趣旨の部分を読み上げ、これにかけて『国家の罠』としましょうと提案。これを佐藤も了承(気に入ったとみえ、『世界』で連載中の評論では「民族の罠」とつけている)。一般人向けに売り込みのためのどぎつさを出しつつ、同時に隠されたテーマをほのめかすことで著者の意図もきちんと盛り込む。うまいタイトルのつけ方だし、書き手の意図をしっかり理解している編集者との阿吽の呼吸もうらやましい。

 私としては、佐藤が何をしたかよりも、彼の物事に処する姿勢、もう少し言うなら、自分自身をも含めてあらゆる物事をどこか突き放した視点で眺めることができるのは何なのか。そうした彼のパーソナリティーに一番興味を抱いた。

 一つには、ロシアで情報収集活動に従事していた時、魑魅魍魎のような人間関係を泳ぎ渡る中で研ぎ澄ませたものがあるのだろう。

 ただ、それ以上に、神学研究を志した頃から彼の中に秘められている確信に何かがありそうだ。たとえば、プロテスタントの神学者カール・バルトの思想に見られるような、神と人間との隔絶を自覚し、人間には絶対に分からない神の論理で動かされていることを理解した感覚。

 先日、佐藤の講演会を聞きに行った時、質疑応答で「佐藤さんの人生態度の原点はキリスト教ですか?」という質問があった。それを聞いて「うれしいことを聞いてくれました。まさにその通りです」と返答。同時に「それはあくまでも私の問題であって、自分の信仰を人に押し付けるようなことは絶対にしない」と付け加えたのが印象に残っている。

 現実の動きに揉まれながらも、アカデミックな視点を両立させている彼の姿勢は、少なくとも私にとっては気持ちを大いに鼓舞されるところがあった。

 佐藤は大学時代からチェコの神学者フロマートカの研究をしており、彼の自伝を翻訳している(『なぜ私は生きているか』新教出版社、1997年)。外交官としてヨーロッパに滞在していた時も機会をみつけてはチェコを訪れていたという。

 そもそも、最初はチェコ問題の専門家になるつもりで外務省に入ったところ、勤務先の都合でロシア語コースにまわされただけで、外交という仕事にもともと関心はなかったらしい。(本書の中でも、講演会で語る時にも、しばしば「好きなことと出来ることは違う」と語るのが印象的だ)。

 フロマートカという人物について私は佐藤を通して初めて知ったのだが、共産党とキリスト教会との緊張関係の中、平和重視のスタンスから両者の和解に努めたことでキリスト教関係者の間では平和運動家として評判が高かったらしい。

 だが、佐藤はそういう当たり前な理解に疑問を持った。第二次世界大戦中、フロマートカはアメリカに亡命して反ナチスの論陣を張り、一躍有名人となった。しかし、その間、チェコに残った同僚や教え子たちはナチスによって殺されたり、投獄されたりとひどい目に遭っていた。ドイツの敗北後、チェコに帰国したものの、自分は安全な場所にいたから好きなように発言できただけだという事実に、うしろめたさという以上の激しい後悔を感じたことが、その後のフロマートカの“平和”運動の原点だ──それが佐藤の理解である。

 1948年、今度は共産党という別の全体主義勢力がチェコでクーデターを起こし、多数の亡命者が国外へ逃れた。この時、フロマートカは逃げずに踏みとどまった。一度後悔をしたからこそ、そうした筋を通す姿勢を取り得た所に佐藤は魅かれたのだろう。

 自ら訳したフロマートカ自伝の巻末に佐藤は長い解説論文を掲載している。それによると、フロマートカは死の間際、枕元に集まった人々に向かって次のようなことを語ったという。どんなに迫害されても自分の今いる場所から逃げてはいけない、もし逃げたならあなたの言葉から真実はうしなわれる──。佐藤もこの遺言で論文をしめくくる。

 佐藤は逮捕された時にも、獄中にあった時にも、かつての同僚たちが次々と“落ちて”いく中、自分は何も悪いことはしていないと突っぱね続けた。そうした彼の姿勢はマスコミの目には傲岸不遜に映り、散々に書きたてられた。しかし、フロマートカに関心を寄せる佐藤の感受性からすると、もっと別の精神的な芯の太さによることは明らかだろう。

 獄につながれ、しかも世間的にはマスコミによってあることないこと様々に書き立てられる中、佐藤をよく知る少数の人々だけが支援を続けた。彼は岩波書店の『世界』や新潮社の『フォーサイト』にロシア情勢解説の記事を寄せていたのだが、その時から付き合いのある編集者たちもそうした輪の中にあった。

 たとえば新潮社の編集者は、佐藤が汚職なんてするはずがないと思ってすぐに刑務所に連絡を取ろうとしたが、手紙を書いても佐藤の手に渡らない。それで何か裏事情があるに違いないと気付いたという。岩波書店の編集者は司馬遷『史記』列伝を獄中に差し入れた。司馬遷は漢の武帝の逆鱗に触れて刑を受けた。その屈辱をバネにして『史記』を書き上げたというエピソードをほのめかしてメッセージを伝えようとしたのだろう。

 濃密な信頼関係や、『国家の罠』のタイトルを決める際にも見られるように豊かな教養を通して含みのあるコミュニケーションを取れるような書き手と編集者との関係には、あこがれの気持ちを抑えることができない。

【補足──佐藤優さんの略歴】
 1960年生まれ。県立浦和高校卒業後、同志社大学神学部へ進み、同大学院修士課程修了(組織神学専攻)。その後、専門職(ノンキャリア)として外務省に入省。ロシア語の専門家となり、ロンドンやモスクワで勤務。主に情報収集活動に専念。外交官として働く傍ら二足のわらじを履いてキリスト教神学の研究を続けるほか、モスクワ大学哲学部非常勤講師(キリスト教神学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)として大学の講義もこなした。鈴木宗男事件で逮捕されて1年半ほど獄中にあり、その経験をきっかけとして文筆活動を展開している。現在の身分は“起訴休職中国家公務員”。

 ベストセラー『国家の罠』(新潮社、2005年)の他、『国家の自縛』(産経新聞社、2005年)、『国家の崩壊』(にんげん出版、2006年)、『日米開戦の真実──大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、2006年)、『自壊する帝国』(新潮社、2006年)、『北方領土「特命交渉」』(鈴木宗男と共著、講談社、2006年)、『インテリジェンス──武器なき戦争』(手嶋龍一と共著、幻冬舎、2006年)、『ナショナリズムという迷宮』(魚住昭と共著、朝日新聞社、2006年)、『獄中記』(岩波書店、2006年)を立て続けに刊行した他、幅広いジャンルの雑誌に執筆している。

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コメント

佐藤優の最新刊『獄中記』で言及されている『山椒魚戦争』を読んでいる。皮肉に富んでいて、含蓄深い内容である。
確か、
「名声というものは山椒魚ですら、堕落させてしまうものなのである」
というような記述があって、ちょっと可笑しかった。

投稿: みつぼ | 2006年12月14日 (木) 09時58分

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受信: 2007年1月13日 (土) 05時03分

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