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2006年12月29日 (金)

「好きだ、」

 ──どうにもならない壁にぶつかったとき、君ならどうする?

 ヨースケ(西島秀俊)がたずねた。何もないがらんどうの部屋の中。引越し先に決めたものの、荷物を入れるのが億劫。まるで彼自身の心象風景を示しているかのようだ。

 ──じっと目をつぶるわ。そして、好きだったときの自分を思い出す。そうすると、ちょっと元気が出るの。

 ──そう…。でも、俺には好きだった自分なんてあるんだろうか…。

 高校生の頃のヨースケ(瑛太)は、将来、音楽で身を立てようと川辺でいつも下手くそなギターの練習をしていた。自分で曲を作ろうとしても同じフレーズを繰り返すばかりで先に進まない。ユウ(宮崎あおい)はバカにしながらもいつもそばで聞いていた。

 ──同じとこばっかり繰り返すから覚えちゃった。全部できたらいつか聞かせてよ。

 17年後、ヨースケはレコードメーカーの営業として働いている。ある日、レコーディングに来た女性が、聞き覚えのあるフレーズをギターで弾き始めた。ユウ(永作博美)との偶然の再会。素人っぽい音を録るために、レコード制作会社で事務をしていた彼女がアルバイトで来たのだった。しかし、ヨースケがギターはもう弾いてないことを知って、ユウの表情はくもる。

 タイトルになっている「好きだ、」という言葉、これは観る人によって捉え方が違ってくるかもしれない。時を隔てた思春期、好きだった異性に色々と想いをめぐらす中、伝えたくてももどかしくそのまま飲み込んでしまった言葉として。あるいは、現実の日常生活に追われる中で忘れてしまったかつての情熱を記憶の深みから掘り起こし、肯定するために呼びかける言葉として。

 川べりにしゃがむユウとヨースケ。草むらがそよそよと風になびき、ユウの髪が静かにたなびく。カメラアングルは土手を歩く彼ら二人の姿を下から上へと捉える。青く澄んだり、たなびく雲に憂鬱な黄昏色が映えたり、場面に応じて表情を変えながら大きく映し出される空の色合いが実に美しい。
 
 石川寛の監督デビュー作「tokyo.sora」(2002)という映画を観たとき、我ながら不思議なくらいに強い思い入れを持った。

 人の息づかいが織り成す広い海のような東京の狭間、ひっそりと自身の抱えるものを模索する六人の女性。彼女たちはお互いのことをよくは知らないままに、微妙にすれ違いながら日々を過ごしてゆく。

 六人を結びつける明確なストーリーはない。むしろ、彼女たちのさり気ない生活光景の中でほの見えるふとした表情、その一つ一つを丁寧に切り取り、より合わせながら、東京という都市が一面において持つ静かな情感を、抑制的なタッチで醸し出していた。洗濯機が音を立てて回るコインランドリー、ビルの裏側にある非常階段、一人暮らしの殺風景な部屋、そうした普段なら気にも留めないシーンでも、どこか人の体温を感じられるような気持ちになってくる、そんな魅力にあふれる作品だった。

 いずれにせよ、ストーリーの運び方というよりも、映像そのものの発する静かなイメージが抒情詩と言うべき感情のゆらめきを観客の胸に引き起こす。そこに石川寛が作る映画の魅力を感じている。

【データ】

監督・脚本・撮影・編集:石川寛
音楽:菅野よう子
製作:アンデスフィルム、レントラックジャパン
配給:ビターズ・エンド
「好きだ、」製作委員会/2005/カラー/104分
(2006年3月、渋谷・アミューズCQNにて)

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