2009年7月11日 (土)

山本譲司『獄窓記』、他

 秘書給与流用疑惑で国会議員の辞職が相次ぐという事件があったが、『獄窓記』(新潮文庫、2008年)の著者・山本譲司もそうした中で逮捕された。見せしめの意味があったのだろうか、佐藤優以来頻繁に用いられるようになった国策捜査という言葉も思い浮かぶ。ただし、彼は自分にけじめをつけるため控訴はせず、刑に服した。本書は獄中での自己省察をつづった手記ではあるが、塀の中で目の当たりにした光景は、彼が新しい仕事に取り組むきっかけとなった。触法障害者の問題である。

 犯罪の凶悪化が印象論として語られがちだが、あまり根拠がない(たとえば、芹沢一也・浜井浩一『犯罪不安社会』光文社新書、2006年→こちらを参照)。刑務所の収容者数は許容限度を超えているが、その大半は知的障害者、高齢者、外国人労働者など、外の社会ではまともに生活できないがゆえに法に触れてしまって送り込まれた人々で占められている(中には騙されて犯罪に巻き込まれ、裁判でもまともな取り扱いを受けられないまま刑を受けた知的障害者もいる)。刑務所は社会に居場所のない人々が最後にたどり着く場所となっている。義務作業が正常に運営できないほどである。しかし、刑務官は社会福祉的な訓練を受けていないから対応にはどうしても限度があるし、かと言って収容者を追い出すわけにはいかない。正常な社会関係に組み込まれることのないまま悪循環に陥ってしまっている点では社会的排除の概念で捉えるべきだろう(岩田正美『社会的排除』有斐閣、2008年→こちらを参照)。

 刑務所内の具体的な問題については浜井浩一『刑務所の風景──社会を見つめる刑務所モノグラフ』(日本評論社、2006年)が詳しい。著者自身の刑務所勤務経験を踏まえて問題点が体系的に整理されている。

 山本譲司『累犯障害者』(新潮社、2006年)を以前に取り上げたことがある(→こちら)が、家庭にも社会にも居場所がなくて刑務所行きを繰り返してしまう不条理には何とも言えずやりきれない思いがした。

 山本譲司『続 獄窓記』(ポプラ社、2008年)は『獄窓記』の後日譚。『獄窓記』出版には様々な反響があったそうで、一冊の本をきっかけに問題意識を共有する人々が集まり改善に取り組む努力が着実に進められていることには救われる思いがする。両書とも、挫折感と何よりも前科者という烙印に押しつぶされそうになりながら、そうした心情を抱いてしまう自分自身の問題点をできるだけ素直に書き記そうとしている努力に好感を持った。この人は挫折と人生の不条理を知っている。だから、これからこそ良い仕事ができる、そう感じさせる。

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2009年7月10日 (金)

ジグムント・バウマン『リキッド・ライフ──現代における生の諸相』

ジグムント・バウマン(長谷川啓介訳)『リキッド・ライフ──現代における生の諸相』(大月書店、2008年)

・「リキッド・モダン」社会:そこに生きる人々の行動が、一定の習慣やルーティンに凝固する前に、その行動の条件の方が先に変化してしまう社会→絶え間ない不安定・不確実。イス取りゲームや自転車操業のイメージ。長期性・全体性という考え方はなくなる→即席の満足と個人的な幸福が基準。(※かつての「ソリッド・モダン」社会では「楽しみは後回しにする」「じっくり取り組む」のが基本)
「かつて、進歩の論理は議論の余地のないものであり、優劣の秩序が、この論理によって構造化され、見まごうことなく実在していた(あるいは想定されていた)。しかし、その秩序はいまや侵食され溶解してしまった。他方で、新たな秩序はあまりにも流動的で、きちんとした形へと固まることができないし、アイデンティティを組み立てるために頼りにできる準拠枠として採用されうるほど、長期に形状を保つこともない。結果として、「アイデンティティ」は、ほとんど自分で設定し、自分で自分に割り振るものとなった。その努力の結果について思い患うのも、各自の問題となる。また思い患ったところで、その努力の結果は、明らかに一時的なものであって、その有効期限もはっきりと規定されておらず、たぶん長くない。」(59ページ)

・“個性的”であることが強制される社会。しかし、“個性”の主張がそのまま没個性的であるという逆説。他者との差異は消費活動を通して示される。
「今では、「流行中」と「時代遅れ」の間のズレによって独自性は測定され評価されている。もっと言えば、今日出た商品と、まだ「流行中」とされ商品棚に陳列されている昨日の商品との差異によって独自性は決まる。独自性追求の成否を決めるのは、走者たちのスピードである。」(47-48ページ)

・「たえまない変化の中から確実に出現する「アイデンティティの核」が一つだけある。…(それは)ホモ・エリゲンス、すなわち「選んでいる人」である(「選んでしまった人」ではない!)。永遠に永続せず、完全に不完全で、不明確であることは明確な、本来的に非本来的な、そういう自我である。」(63ページ)

・「欠陥のある消費者」→「リキッド・モダン」社会に固有のホモ・サケル→バウマン『廃棄された生──モダニティとその追放者』(昭和堂、2007年)を参照のこと(→こちら)。

・消費市場はギリシア神話に出てくるミダス王のようなもの。「市場が触れるものはすべて消費商品になる。その手を逃れるにも、その逃避の試みで利用される方法や手段さえも、すべて商品である。」(154ページ)

・個人レベルにおけるエンパワーメントのためには異質な他者との対話が必要→公共空間をいかに再構築するのかという問題意識。

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2009年7月 9日 (木)

岩田正美『社会的排除──参加の欠如・不確かな帰属』

岩田正美『社会的排除──参加の欠如・不確かな帰属』(有斐閣、2008年)を読みながらメモ。

・社会関係から切り離されている→意思表示できない状態。
・様々な不利の複合的経験(①人的資本:資質・生育環境・教育など、②物的資本:住居など、③金融資本:資産・負債)→一人一人に個別的な問題。
・“貧困”と“社会的排除”は重なり合う概念で解釈の余地が広い→①因果関係として捉える。②重複した部分があると捉える。③入れ子構造で捉える。
・“社会的排除”概念の有効性は?→①“貧困”が個人の状態に重きが置かれるのに対し、“社会的排除”は社会との関係において個人の位置付けを問う視点。②誰がどのように排除するのかと主体の作用を問う視点(国家や社会だけでなく本人という主体も含めて)。③福祉国家の機能不全を示す。

・帰属の問題(家族の扶養、職場等の相互扶助、福祉国家のサービス)が大きい。帰属の定点の喪失→生きていく基点としての住居が必要。
・社会からの“引きはがし”:失業・倒産だけで社会的排除に落ち込むのではなく、離婚・病気・災害等の複合的な要因で定点を失う→社会的排除というケース。
・職場だけでなく家族・近隣関係など様々なチャネルを通した社会参加がもともと中途半端→その延長線上に社会的排除というケース。
・“中途半端な社会参加”の再生産→社会的排除に陥りやすい人々。若者の就職という移行期において“完全な社会参加”獲得に失敗→社会との“中途半端な接合”状態が続く。実家の経済状態や家族関係など人的資本に関わる問題が大きい。
・空間的側面で考えると、社会の周縁をウロウロするだけで中心には取り込まれないという問題。①“寮”(飯場など)、②“ヤド”(簡易宿泊施設など)、③“シセツ”(病院・刑務所など)、④“ミセ”(ネットカフェなど)

・セーフティネットからの脱落。
・生活保護→疾病・障害・老齢などの理由が中心で、稼動年齢層の人々への給付には慎重→行政側には“惰民”をつくることへの危惧。
・そもそも制度を知らない。その日その日をどう生きるかという瀬戸際にある→福祉サービスの“ちょい利用”
・知的障害者→認知されれば障害者手帳を取得できるが、本人に自覚がなく支援に乗り出す人もいなければ放置される。通常は家族や学校等で気付かれるが、そうした関係のないまま生きてきた人々。

・従来の施策は労働参加を強調。しかし、①労働の“能力”はどのように判定するのか。 ②民間企業の斡旋→あくまでも間接的な政策対応。③就労支援→否応なく稼働能力の有無で選別→“失敗した人”の識別→この人々はどうすればいいのか。
・社会的排除に落ち込んでしまう背景として、社会参加へのチャネルから切り離されているという状態がある。社会的包摂を考える場合にも、具体的な労働→経済的自立というだけでなく、ある社会への帰属に向けた現実的基点として住居・住所の確保と市民としての権利義務の回復に焦点を当てる必要。

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2009年7月 8日 (水)

ピエール・ブルデュー『市場独裁主義批判』

ピエール・ブルデュー(加藤晴久訳)『市場独裁主義批判』(藤原書店、2000年)

 ブルデューのネオ・リベラリズム批判の発言を集めた本。何だかアジテーション・ビラみたいな語り口にちょっと違和感もあったが、関心を持ったポイントを箇条書きすると、
・“能力”を中核とした社会システムの正当化→“能力”形成には教育問題等様々な事情が関わってくるわけだが、そうした個別の事情は一切オミットされて、倫理的基準に置き換えられてしまう。
・グローバル化による不安定な就労状況そのものを企業は戦略的に活用→国内労働者は地球の裏側の外国人労働者と競争→人件費抑制等の名目で“弾力化”→新しいタイプの支配様式。

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2009年7月 7日 (火)

広田照幸『日本人のしつけは衰退したか──教育する家族のゆくえ』

 広田照幸『日本人のしつけは衰退したか──教育する家族のゆくえ』(講談社現代新書、1999年)を読みながらメモ。

 まず、日本の近代化のプロセスにおける家庭・地域社会・学校の関係が考察される。時にノスタルジックに語られる村落共同体のしつけは果たして理想的だったのか? 実際を見れば差別や抑圧が内包されており、子供は放置、場合によっては酷使されることもあって決してユートピア視することはできない。地域社会における停滞性→学校と軍隊という近代化駆動装置が全国共通のルールを教える機能。明治~高度経済成長にかけて学校は“遅れた”社会から脱出して近代的な職業世界に入る装置として信頼感を得ていた。

 しかし、経済水準の上昇→かつては進歩的な意味を持っていた生活指導・集団訓練が、むしろ個人性を抑圧する保守的なものと批判される→学校不信。子供のしつけよりも、“より良い地位”(学歴・職業)を目指すゲームの地位配分装置として捉えられる→学校は教育の主役ではなくなった→家庭・地域社会・学校のうち家庭が突出。つまり、家庭の教育機能が低下したのではなく、逆に子供の教育に関する最終的な責任を家庭という単位が一身に引き受けるようになった。

 パーフェクト・チャイルドへの志向性→童心主義・厳格主義・学歴主義と相異なる教育理念が混在→いずれにせよ、“子供期”の明確化→そこへ親が積極的に働きかけようという“教育する意志”→学校側に様々な要求を突きつける。

 「家庭のしつけの失敗が非行を生む」という言説→かつて非行は下流階層に集中、この言説は大正期においては富裕層向けのものであった(地域社会との関わりが薄い新中間層の登場。下流階層については、家庭のしつけではどうにもならないことが自明視されていた)。ところが、高度経済成長期の生活水準の向上・中流意識の広がり→階層格差が見えづらくなり、それに言及することもタブーとなった。どの子も非行に走る危険→あらゆる局面にわたって「家庭のしつけの失敗が非行を生む」という言説が語られるようになる。教育において社会階層・地域の間での差異が現在でも存在しているが、それにもかかわらず単一の処方箋で考えようとすることの問題。

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2009年7月 6日 (月)

ウイグル問題のこと

 昨日、新疆ウイグル自治区・ウルムチの大規模暴動で140人以上の死者が出ているとの報道がありました。最新情報・背景解説とも「真silkroad?」さんが詳しいので参照のこと。なお、私のブログではウイグル問題関連で以下の書き込みをしたことがあります。

水谷尚子『中国を追われたウイグル人──亡命者が語る政治弾圧』
Blaine Kaltman, Under the Heel of the Dragon: Islam, Racism, Crime, and the Uighur in China  (中国語が標準語とされる中、ウイグル人の言語的不利がある一方で同化圧力が強まり、また漢人からの人種的偏見→ウイグル人が社会的底辺に追いやられている問題を本書は指摘)
ウイグル問題についてメモ①
ウイグル問題についてメモ②
原爆をめぐって
ウイグル問題についてメモ③
ウイグル問題についてメモ④
ウイグル問題についてメモ(5)

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教育社会学絡みの本でメモ

 教育も含めて社会システムの問題を考えるとき、“自己決定”“自己責任”というロジックがどこまで信憑性をもって通用するのか?という根本的なアポリアにぶつからざるを得ない。“自己決定”論そのものは正論であって否定はできない。ただし、その条件整備はどうなのか。

 かつての身分制社会とは異なり、現代社会はメリトクラシー(業績主義による選抜システム)に基づいて組み立てられている。つまり、機会の均等が前提である(仮にそれがフィクションに過ぎないとしても、そのフィクションが社会全般に共有されていなければシステムとしての正当性、“公平”さが確保できない)。学歴と職業的達成とに結びつきが見られるが、社会階層と学歴とに相関関係があること(学歴の親子間継承)が指摘されている(苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ──学歴主義と平等神話の戦後史』[中公新書、1995年]、佐藤俊樹『不平等社会日本』[中公新書、2000年]など)。つまり、義務教育以前の家庭的・環境的要因によってスタートラインが異なる→ところが、受験競争(=機会の均等)というフィルタリング→スタートラインにおける格差が覆い隠されてきた。また、学習に向けた意欲そのものにも家庭環境によって格差がある(意欲格差=インセンティブ・ディバイド)→“機会の均等”には“努力”の均等分布が大前提となるが、この仮定自体にも疑問符がつけられてしまう(苅谷剛彦『階層化日本と教育危機──不平等再生産から意欲格差社会へ』[有信堂、2001年]、山田昌弘『希望格差社会──「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』[筑摩書房、2004年]など)。苅谷剛彦『教育と平等──大衆教育社会はいかに生成したか』(中公新書、2009年)によると、戦後日本社会における義務教育制度整備の努力→均質的な教育空間の創出→教育の画一化・国家統制など様々な批判があるのは確かだが、同時に少なくとも環境要因による悪条件是正・格差縮小に貢献してきたと評価することもできる。しかし、財政縮小→そうした努力を裏付けた財政的再配分政策の維持困難→義務教育以前の家庭的・環境的要因による格差が露わになる可能性がある。

 苅谷剛彦『学力と階層──教育の綻びをどう修正するか』(朝日新聞出版、2008年)を読んで関心を持った点を箇条書きすると、
・①受験勉強→一元的評価基準→分かりやすい→努力目標として成立。対して、②「生きる力」論→目標・評価基準が曖昧→多様と言えば聞こえは良いが、実際には学校以外の家庭的・環境的要因で左右されやすくなる。“ガリ勉”の否定→その生徒の家庭環境によっては勉強を怠ける口実→格差拡大
・アンソニー・ギデンズの指摘した社会的再帰性・セルフモニタリングという指摘との関わりで(以前に取り上げたアンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?──モダニティの帰結』を参照→こちら)、実証研究として提示された“事実”→その“事実”もまた次なる政策形成に取り込まれて次の展開へ→実証研究といえども必ずしも価値自由ではあり得ない。
・社会的再帰性→人的資本概念の変容:人的資本はストックとみなされなくなった→知識の陳腐化のスピード→個人の側でセルフモニタリングによって常に新しい状況に適合する形で人的資本の中身も絶えず変わっていく(知識経済)→学習し続けることの強制→“学習意欲”の階層差が浮き彫りにされる。
・自己実現アノミーの問題

 苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ──学歴主義と平等神話の戦後史』では、イギリスの階級社会(D・H・ロレンス→奨学金少年の悲劇、つまり低階層出身者は頑張って勉強して這い上がってもライフスタイルの面で上流社会に溶け込めず疎外感を味わう)、アメリカの多民族社会(黒人・ヒスパニックなど)に対して日本の学歴社会を考察。受験競争に基づく学歴エリート→受験知識は社会的にそれほど高い価値を置かれていない(頭でっかちで実力とは違うじゃないかという批判的言説が普通に見られる)→あくまでも一般大衆社会の延長線上にいる器用な成功者と受け止められる。エリートならざるエリート。ノブレス・オブリージュの感覚はないが、見方を変えれば平等主義的心性を内面化したエリートとも言える→能力主義と平等主義との日本的な絡まりあい(ここを“面の平等化”という論点で義務教育制度について議論を進めるのが苅谷『教育と平等』)。身分的秩序ではないので社会統合しやすい。

 昨今の“格差”論バブルの中、学歴=メリトクラシーという点を明確にした上で感情論を排した議論を進めようとするのが吉川徹『学歴分断社会』(ちくま新書、2009年)。従来の社会階層研究では職業を固定的に把握(たとえば、佐藤俊樹『不平等社会日本』)→高度成長期を対象とするには適した分析だが、雇用の流動性が高まっている現在では通用しないという。従来の社会階層研究の注目点であった職業や経済力の親子間継承ではなく、学歴の親子間継承という論点なら社会格差について一貫した説明ができると問題提起→学歴分断線を指摘する。インセンティブとなる将来の見通しに学歴分断という壁が立ちはだかるという議論を示し、その中に苅谷『階層化日本と教育危機』や山田『希望格差社会』で指摘された論点も取り込まれる。

 増田ユリヤ『新しい「教育格差」』(講談社現代新書、2009年)は、タイトルに“格差”とはあるが、内容的には教育現場の具体的な問題の紹介に重きを置き、実例を通して問いを投げかける。

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2009年7月 5日 (日)

最近読んだマンガ

 西原理恵子『いけちゃんとぼく』(角川書店、2006年)。楽しいとき、悲しいとき、いつもそばで見守ってくれる不思議な生物いけちゃんとの少年時代。西原理恵子『パーマネント野バラ』(新潮文庫、2009年)。田舎の理髪店に集まるおばはんたちの生々しい恋話。西原作品は卑猥な乱雑さを率直に出してくるのだけど、その中からなぜかしんみりとした感傷に胸を打たれるところが魅力。

 宮崎あおい主演で映画化されるということで、浅野いにお『ソラニン』(全2巻、小学館、2006年)を手に取った。どっちつかずの焦燥感を抱えながら不安定な同棲生活を送る種田と芽衣子。種田が納得のいくまでバンド活動を再開しようとした矢先、事故死。彼の想いを引き受けようと決意した芽衣子はそれまで触れたことすらなかったギターを手に取る。自分の人生が無意味にしか感じられない終わらない日常、その中での青春期の焦燥感…と言うとありがちかもしれない。ただ、浅野いにおの作品では、彼女たちの一生懸命なところを描きつつ、同時にその“ありがち”な青臭さをシニカルな構えではぐらかす箇所も時折見られる。陳腐な気恥ずかしさは感じさせずに、彼女たちの抱える行き先の分からない戸惑いの心情をきちんと描き出している。なかなか良い作品だと思う。

 浅野いにお作品に興味を持って手当たり次第に読んだ。『世界の終わりと夜明け前』(小学館、2008年)は短編集。気持ちの中で自分の居場所が得られずさ迷う人々の心象風景を絵に表現しているシーンが時折あって引き付けられた。街に夕陽がさす光景に“世界の終わり”を感じるシーンなど私は好きだ。『虹ヶ原ホログラフ』(太田出版、2006年)は密度の濃いサイコホラー、張り巡らされた伏線が複雑すぎて頭が混乱してしまうが、その分、ストーリーとしては充実している。『素晴らしい世界』(全2巻、小学館、2003・2004年)は短編集。『ひかりのまち』(小学館、2005年)は郊外住宅を舞台にした連作短編。現在連載継続中の『おやすみプンプン』(小学館、1~4、2007年~)はシュールというか、だいぶ実験的。

 山本直樹『明日また電話するよ』(イースト・プレス、2008年)、『夕方のおともだち』(イースト・プレス、2009年)は著者自身による短編ベストセレクション(ただし、マック導入以降の作品)。山本直樹と言えばエロ! セックス描写のない作品は皆無だが、繊細な線で描かれるタッチに、どこか気だるさと無機的な空気が漂う。それが単なるエロとは違うレベルで乾いた叙情を感じさせる。

 吉田秋生『海街ダイアリー1 蝉時雨のやむ頃』(小学館、2007年)、『海街ダイアリー2 真昼の月』(小学館、2008年、以降続刊)。四姉妹の家族の物語。舞台となっている古い家と鎌倉の風物がもう一つの主役。現代の話だけど、神社とか梅酒作りとか、さり気なく取り込まれたレトロな題材が、家族の結びつきと葛藤というテーマに程よい風味をきかせて良い感じ。

 他に、衿沢世衣子『おかえりピアニカ』(イースト・プレス、2005年)、『向こう町ガール八景』(青林工藝社、2006年)、鬼頭莫宏『残暑』(小学館、2004年)。いずれも短編集。

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2009年7月 3日 (金)

苅谷剛彦『教育と平等──大衆教育社会はいかに生成したか』

苅谷剛彦『教育と平等──大衆教育社会はいかに生成したか』(中公新書、2009年)

 戦後日本の教育制度は義務教育を広く拡充させた一方で、個性抑圧の画一性・国家統制といった批判も根強い。本書は義務教育費配分という財政構図の問題を切り口に日本の教育システムの背景にあるロジックを浮き彫りにする。

 戦後間もなく、地域間の経済格差と教育的達成とに相関関係が見られ、こうした障害をなくして如何に教育環境を全国均質の水準に持っていくかが課題となっていた。本来ならばアメリカのように生徒単位の財政配分をしたいところだが、財源上の制約から教員単位の財政配分となり、財源の効率活用のためカリキュラムも標準化→生徒一人ひとりではなく集団単位で教育条件の均質化を図る→“面の平等化”が行なわれた。これが画一化・国家統制の表われとも批判されたが、他方で教育条件の格差の是正という点では地方でも下からの努力が見られた。そうした点では政府による政策と教育現場、双方の合意によって“面の平等化”という形で格差是正が進められたと言える。

 メリトクラシー(業績主義的な選抜システム)の正当性を担保するには、スタートラインは同じ、つまり教育における機会均等(仮にフィクションであったとしても)が行渡っているとみなされていなければならない。戦後日本の教育には確かに色々と問題もあるだろうが、システム上の信憑性を確保できる程度には成果があったと考えられる。個性重視教育は能力主義差別につながるという考え方があるが、こうした“面の不平等”の是正によって、個人間の差異を際立たせない(つまり、生徒に差別的処遇をしない)形で一定の教育の平等を達成した(つまり、劣悪な教育条件で不利な立場にある生徒も間接的に救済した)と評価できるという指摘が興味深い。

 教育の均質化に対しては、かつては生徒の内発性・やる気を損なうという心理的な個人主義、近年は経済主体としての自己決定に重きを置く新自由主義的な個人主義から批判がある。それぞれ一理はあるにしても、教育の問題も含め社会制度を考える上では自由と平等のアンビバレンスという究極の困難を避けて通ることはできない。本書はそうしたアポリアを正面から受け止め、教育における共通化か差異化かという二項対立を乗り越えようというところに問題意識がある。

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2009年7月 2日 (木)

月脚達彦『朝鮮開化思想とナショナリズム──近代朝鮮の形成』

月脚達彦『朝鮮開化思想とナショナリズム──近代朝鮮の形成』(東京大学出版会、2009年)

 19~20世紀朝鮮半島における近代化とナショナリズムをどのように考えるか。伝統的停滞からの脱却→自律的な“近代”志向=進歩性を開化派に見出した姜在彦の研究がある一方、それを批判する民衆史観もある。こうした議論の枠組みとは異なる視点を出そうとする本書は、“国民国家”創出の運動というコンテクストの中で開化思想を捉える。

 慶應義塾への留学経験があり、後に朝鮮の啓蒙思想家として著名となる兪吉濬は、独立した国家を一人一人が支えるという構想を持っていた点で福沢諭吉「一身独立して一国独立す」というテーゼを想起させる。日本・朝鮮ともに、西洋の先進性で文明開化を捉えて中華文明を相対化した点では共通するが、福沢にとって文明開化はあくまでも独立の手段に過ぎないのに対し、兪の場合には文明開化を新しい“中華”=価値的原理とみなす普遍主義的傾向があったという。開化思想を近代志向一辺倒で捉えるのではなく、そこに刻み込まれた儒教的色彩にも目配りされる。

 近代東アジアの国際秩序は中華文明圏における冊封体制とヨーロッパ起源の“万国公法”システムとのせめぎ合いとして捉えられるが、本書では外交儀礼のあり方に着目される。冊封体制の中国(清)、万国公法の日本及びヨーロッパ、両方と対等な関係を示すべく新しい皇帝像が打ち出される(1897年に大韓帝国成立)。それは同時に、対内的には“一君万民”という形で国民統合のシンボルとして作用することも期待された。“見える皇帝像”を打ち出す→皇帝の巡幸、万歳の唱和→国家的儀礼に民衆も参加→“国民”の創出、こうした本書の議論はとても興味深い(天皇の巡幸に注目した原武史の研究が想起される)。

 こうした上からの“国民”創出の動きに相補的な役割を果たしたとされる独立協会については、従来、その愚民観→反民衆的傾向が指摘されていたが、むしろ近代化→民衆を“国民”化すべき対象として捉えていたと考えることもできる。“忠君愛国”を規範として教化→“一君万民”→皇帝をシンボリックな媒介として民権と国権との両立が図られていた。ただし、日本による韓国併合に向けた動きが強まる中、“忠君”と“愛国”とが分離→三・一運動において“万歳”の唱和→この時点ですでに朝鮮/韓国としてのネイションは自明視されていた。

 朝鮮/韓国における近代化を考えるときどうしても“親日”の問題を避けることはできないが、本書では“愛国”概念は広く捉えられる(李完用たちにしても単純に売国奴と切って捨てても意味がない)。日韓協約によって日本の保護国にされる中、実力養成を目指して愛国啓蒙運動が展開された。このうち、立憲改新派は文明の不足を自覚→学ぶべきは学ぶという姿勢→近代化を自明視。他方、改新儒教派のうち、儒教の道義性こそ西洋文明を超克できる思想だという朴殷植のような主張もあった。東洋儒教の国(朝鮮・中国・日本)の連帯→中でも日本は富国強兵に成功→模範。いずれにせよ、以上のロジックだと日本の帝国主義を批判する視点が弱くなる。朝鮮/韓国自身が圧迫を受けつつも、弱肉強食という状況認識の中で実力養成として近代化志向→もし自分たちの近代化が達成されたら?→暗黙のうちに帝国主義肯定のロジックが潜んでいるという逆説も指摘され得る。他方で、こうした発想とは異なり、アナキズムの影響を受けた申采浩はロジックに矛盾があっても抗日を徹底させていた。

“植民地”的状況を“近代”という外的原理を内面化させる場として把握→“近代”そのものに内包された抑圧性に注目するのが本書の基本的な視座である。ある一つの観点(“抗日”や“民衆”など)を絶対化させる傾向とは距離を取ろうとしているところには好感を持った。

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2009年7月 1日 (水)

チャールズ・テイラー『〈ほんもの〉という倫理──近代とその不安』

チャールズ・テイラー(田中智彦訳)『〈ほんもの〉という倫理──近代とその不安』(産業図書、2004年)

 タイトルにある〈ほんもの〉とはauthenticityのこと。自分自身にとっての確からしさ、本当らしさ、有意義さ、そういった感覚をこなれた日本語に移しかえようとした苦心の訳語である。先日取り上げたチャールズ・テイラー『今日の宗教の諸相』(岩波書店、2009年→こちら)でもこのキーワードは出てくる。

 現代の我々には、自分たちから超越した“聖なる秩序”の命令に自らの身を捧げようなどという発想はない。むしろ、自己実現にこそ重きが置かれ、超越的価値はうとましいくびきと感じられる。自己実現重視の個人主義は、見方を変えると、誰にも真似のできない他ならぬ自分自身のもの、そこに〈ほんもの〉を求めようとする点で芸術家が創造的感性を求めるのと類似した志向性を帯びている。18世紀のヘルダー以降のロマン主義→神や善のイデアといった超越的価値ではなく、自身の内面から湧き起こる声にこそ従うべき→近代における主観主義的転回→「自分自身に忠実であれ」という自己実現志向は〈ほんもの〉という近代の理想によって裏打ちされている。

 他方で、こうした〈ほんもの〉志向には次の動きが並行している。第一に、個人の組み込まれていた意味付けの地平が失われた→個人の断片化・アトム化、帰属意識の稀薄化。第二に、テクノロジーの進展による合理的思考・道具的理性→各自の“幸福”という目標に向けて物事を設計しなおそうという発想→効率性・計量性の論理で他者を位置付ける。いずれにせよ、〈ほんもの〉は自分だけの実感という受け止め方→バラバラに連帯感を欠いた非人格的社会関係が肯定される。

 しかしながら、完全な独我論はあり得ない。他者との対話やせめぎ合いによって相互の相違に気付いてこそ、アイデンティティ=私らしさ、私にとっての〈ほんもの〉は確証される。アイデンティティ・ポリティクスという形で差異の承認を求めるにしても、無機的な並列というのではなく、一定の関係性の中での位置付けの要求なのだから、むしろもっと広い価値的地平の共有を目指していると言える。他者があって初めて自分が分かる。従って、他者から切り離されたアイデンティティはあり得ない。自分にとっての〈ほんもの〉を求めるアイデンティティは対話的性質によって特徴付けられており、あらゆる前提から切り離された地点に立って純粋に自己決定を行なうという合理性で捉えられた人間モデルは現実にはあり得ない。ここにコミュニタリアニズム(共同体論)からリバタリアニズム(自由至上論)に対する批判のポイントがある。

 「自分に正直でありたい!」とかのたまってある種のワガママを正当化するミーイズム・ナルシシズム、こうした現代社会にありがちな浅はかさも、以上の〈ほんもの〉=authenticityという観点から把握できる。ただし、“保守オヤジ”のように説教したってはじまらない。個人の“自由”は、その置かれたコンテクストによって初めて意味を持つ。各自が自身にとっての〈ほんもの〉を追求、そうした形で自己実現を目指すのは当然のことである。ただし、その切実さは人それぞれ、目先のことに振り回されているだけの場合もあり得るわけで、上っ面に流されかねないところにテイラーは注意を喚起する。そのことを“主観主義へのすべり台”と表現している。個人の自由万能か、それとも共同体の価値復権か──などという不毛な二元論的構図に落としこまず、かと言って、間をとって無意味な折衷論でお茶を濁すでもなく、もっと着実な議論のたたき台を示そうというところに本書の意欲がある。

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2009年6月30日 (火)

ちょっと調べものしてたら

 ちょっと調べものしてたら、ロバート・ケーガン(和泉裕子訳)『民主国家vs専制国家 激突の時代が始まる』(徳間書店、2009年)なる本が1月に刊行されてたのを知った。どうやら原著はRobert Kagan, The Return of History and the End of Dreams(Alfred A Knopf, 2008)らしい。去年、原著を読んだときのコメントはこちらに記してある。翻訳はそのうち出るだろうなあと思ってたけど、タイトルも装幀の雰囲気も全く違うんで気付かんかった。こういう見た目に通俗ビジネス書的な感じの本は普段なら手にも取らない。内容はともかく、原著の装幀はシックな落ち着きがあって結構嫌いじゃなかったんだけどな。ケーガンはネオコンの論客として知られてるけど、オバマ政権となった現在、今さらこんなの読んだってあまり意味ないでしょ。

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2009年6月29日 (月)

レイ・タケイ『隠されたイラン──イスラーム共和国のパラドックスと権力』

Ray Takeyh, Hidden Iran: Paradox and Power in the Islamic Republic, Holt Paperbacks, 2007

 理解不能なまでに強硬なレトリックを弄ぶアフマディネジャド現大統領に、“文明の対話”を唱えて柔軟な姿勢を示したハタミ前大統領、イスラーム革命後のイラン政治が見せる極端な振幅は海外の我々にとって非常に分かりづらく、時には予測不可能で“危険”だという印象すら与えかねない。しかしながら、今回の大統領選挙不正疑惑を発端とする混乱からうかがえるように、イラン・イスラーム体制は決して一枚岩ではないし(聖職者による事前審査があるにしても、大統領を選挙で選んでいる時点で、かつてブッシュ政権が“悪の枢軸”と名指しした他の国々とは明らかに異なる)、時にはプラグマティックな政策をとるシーンも見られた。

 本書は、そうしたイラン・イスラーム体制における内在的ロジックと政治力学との絡み合いを整理する。具体的には、イスラーム・イデオロギー、国益、派閥力学、これら三つの要因の組み合わせによってイラン現代政治を分析、対米関係、対イスラエル関係、イラク問題、核開発問題などを読み解く視座を提供してくれる(なお、保守派、現実派、急進派、改革派の分布については吉村慎太郎『イラン・イスラーム体制とは何か』[書肆心水、2005年]で整理されている→こちら)。著者のRay Takeyhはイラン出身の中東研究者、現在はアメリカの外交問題評議会(the Council on Foreign Relations)シニア・フェロー(そう言えば、Foreign Affairsでこの人の論文を見かけた覚えがあって、以前、こちらで簡単に触れていた)。

 イラン国民の対米不信感は、パフレヴィー国王がアメリカのCIAのバックアップにより“上からのクーデター”を断行、石油会社国有化を宣言した民族主義者モサデク首相を失脚させた事件に起因する。シャー体制はリベラル派・左派を徹底的に弾圧、結果として反体制派としてはイスラーム派が残った。共産主義者(トゥーデ党)からイスラーム主義者まで広範な反シャー体制勢力をまとめ上げるシンボルとなったのがホメイニである。ホメイニが発したメッセージには、帝国主義からの第三世界の解放、民主主義、女性や被抑圧者の権利擁護、ペルシア民族主義(この点ではパフレヴィー朝時代から一貫している)等々、多様な主張が幅広く取り込まれていた。イスラーム革命後、ホメイニをトップに据える形でヴェラーヤテ・ファギー(イスラーム法学者による統治)体制が築かれるが、ホメイニを軸として保守派・現実派・改革派などそれぞれ異なった意見を持つグループが共存、そのバランスによって政策決定が行なわれていた。ところが、ホメイニの死去(1989年)によってこうしたバランスが崩れ、派閥争いが政治の表舞台に浮上した。

 なお、シーア派にはもともと異論を許容する柔軟さがあり、世俗派が壊滅した現体制内では、聖職者たちが最も自由な議論を交わしているという(報道によると、今回の大統領選挙不正疑惑や反対派デモの武力弾圧については聖職者からも多くの異議が出されている)。中には、聖職者は政治に関与すべきではないという立場からホメイニ体制を認めない見解すら存在しているらしい。

 イラン・イスラーム体制が変質したもう一つの契機がイラン・イラク戦争である。これは単なる領土紛争という以上に、アラブ民族主義を掲げるサダム・フセインとシーア派イスラーム主義に基づくホメイニとのイデオロギー戦争という側面が強かった。アフマディネジャドをはじめ参戦した革命第二世代の保守派は戦時中に強固なイスラーム・イデオロギーを吹き込まれている。他方で、戦況が劣勢だったため、サタンであるはずのアメリカから武器を購入するという“柔軟さ”も見せたが(イラン・コントラ事件)、イラン国内では保守強硬派が暴露、これは現実派の評判を傷つけることになった(もちろん、アメリカでもスキャンダルとなった)。

 イラン・イラク戦争の体験はイランの核開発の動機につながっている。①イラクは化学兵器を使用→イラン側に深刻な被害→安全保障のためには強力な兵器を持たねばならないという危機意識。②国際社会、とりわけアメリカはイラクの化学兵器使用を傍観した→国際世論のダブルスタンダードへの不信感。さらに、③地域大国としてのプライド(それこそ古代のアケメネス朝以来!)。④インド・パキスタンの核開発→既成事実化すれば国際社会も追認するはずという楽観論。

 対イスラエル関係では、イランは国境を接しておらず直接の利害関係はない→イスラームの大義によるプロパガンダが容易に行なわれる。対米関係では、イラン側にはモサデク首相失脚で対米不信がある一方で、アメリカ側にもアメリカ大使館占拠事件で対イラン不信感、狂信的な国家というマイナスイメージがやはり根強い。イランとアメリカの相互不信→他方が譲歩の姿勢を示してももう一方がそれを信用しないというすれ違い→双方の不信感がますます高まるという悪循環。そもそも、アフマディネジャドはイラン・イラク戦争中の孤立的対外認識を依然として引きずってアメリカ=大サタンという捉え方をしているが、他方で、ネオコンのイラン認識も大使館占拠事件の時点から凍りついたまま、従って、両者とも過去の相手イメージによって強硬意見を打ち出すという錯誤があった。

 イラン国内の多元的政治力学から時折現われるプラグマティックな側面に着目すれば、地域的安全保障や国際経済の枠組みに組み込むことでイラン側が抱いている不信感を低下させることはできるだろう。アメリカはそうした方向で働きかけるため封じ込め政策を転換する必要があると著者は主張する(本書刊行後に成立したオバマ政権が対話路線に切り替えても色々と壁にぶつかっているようではあるが)。その際には、やはり強固なイデオロギー国家であり朝鮮戦争等で相互不信の状態にあった中国に対するニクソンのアプローチが参考になるのではないかという指摘が興味深い。

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2009年6月28日 (日)

姜在彦『近代朝鮮の思想』

姜在彦『近代朝鮮の思想』(姜在彦著作選Ⅴ、明石書店、1996年)

 本書、『朝鮮近代の変革運動』(著作選Ⅱ)、『朝鮮の開化思想』(著作選Ⅲ)、『朝鮮の攘夷と開化』(平凡社、1977年)、いずれも取り上げられたトピックスに異同があるだけで(重複も多い)、基本的な議論の構図は同じ。朝鮮社会の停滞性・他律的近代化という見解に対して、自律的近代化へと向かう内在的な契機があったことを掘り起こし、そうした朝鮮近代思想の水脈を通史的に整理する。大まかにポイントを箇条書きすると、
・伝統的儒学思想における朱子学一尊→閉鎖的思考→近代化へ向かう発想を抑圧
・そうした中でも実学思想には開化派との系譜的つながりがある
・開化派の中でも、①金弘集・金允植・魚允中などの穏健開化派:清との宗属関係を尊重、清の洋務運動をモデルに漸進的改革→守旧派とも妥協、「東道西器」論として儒教的伝統も固守。②金玉均・朴泳孝・徐光範などの急進開化派:清とは対決姿勢(華夷秩序からの離脱)、日本の明治維新をモデルに君権変法→守旧派と対決、儒教も仏教・キリスト教などと同列に置く
・他方で、朱子学一尊の立場から衛正斥邪思想
・開化派も衛正斥邪思想もエリート層による上からの動き→対して、民衆レベルから沸き起こった運動として東学、さらに甲午農民戦争
・こうした民衆運動を、守旧派は清・ロシアと結んで、開化派は日本と結んで弾圧→外国勢力による内政干渉を招く
・急進開化派による甲申事変(1884年)、穏健開化派による甲午改革(1896年)→ともに大衆的基盤がなかったために失敗
・1890年代後半になると、開化派は都市部の大衆と結びつき独立協会・万民共同会、さらに愛国啓蒙運動へ。衛正斥邪思想は農村部の大衆と結びつき義兵闘争へ(華夷的名分論からの脱却→近代的民族主義への契機)
・愛国啓蒙運動と義兵闘争、両者の動きが合流できなかったことに問題。旧型思想と新型思想との併存。
・三一運動(1919年)→民族自決・民主共和制の主張→近代的国民国家への志向性

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2009年6月27日 (土)

チャールズ・テイラー『今日の宗教の諸相』

チャールズ・テイラー(伊藤邦武・佐々木崇・三宅岳史訳)『今日の宗教の諸相』(岩波書店、2009年)

 チャールズ・テイラーは政治哲学の分野では代表的なコミュニタリアン(共同体論者)として知られている。ウィリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相』の読み直しを通して現代社会を特徴付ける個人主義のあり様を考察するというのが本書の趣旨。テーマは宗教で、訳者は科学哲学の人たちだが、私はコミュニタリアニズムへの関心から手に取った。

 ジェイムズは、個人の内的で言語的定式化の難しい感情に注目して宗教的経験を把握しようとした。しかし、それでは宗教的感情の持つ集団的側面を無視してしまっているとテイラーは指摘する。「我々の経験のなかには(一つの意味では)個人的な経験でありながら、それが共有されているという感覚によって大いに高められるような経験が存在する。…一人でいるときにはもつことができないが、連帯しているときにはもつことのできるある種の感情が存在する。経験はそれが共有されているという事実によって、何か別のものに変化するのである」(25~26ページ)。テイラーは、だからと言ってジェイムズの議論を否定してしまうのではない。むしろ、このジェイムズが見落とした盲点にこそ、現代的な問題が伏在しているのではないかと問いかける。

 かつて信仰の原理と政治的・社会的原理とが分かちがたく結びついていた世界から、両者が分離→世俗化の過程と考えるのが“近代”という時代現象を捉える一つの論点である(マックス・ヴェーバー的に言えば“脱魔術化”か)。見方を変えれば、個人の束縛→解放ともなるが、さらに言うと、個人の内的体験のレベルにおける確からしさ、有意義さ、そういった感覚を感じられない外的束縛はすべて不条理で否定すべきものとみなされる。ジェイムズの示した内的体験として宗教感情を捉える視点は、実はこうした意味で現代的な個人主義を正確に把握していたのだとテイラーは指摘する。

 コミュニタリアニズム(共同体主義)対リバタリアニズム(自由至上主義)、個人の自律性重視か、個人が組み込まれた全体性重視か、というような単純な構図にまとめてしまうと、前者は個人の自由を認めないなどと曲解も招きかねないが、本来はそんなに単純な問題ではない。あくまでも視点の取り方の問題であって、(真剣に考えている人ならば)実は両者とも同じ地平を見据えている。テイラーが記す次の箇所には、彼がコミュニタリアンでありつつも、そうした個人における自由というテーマを考える上でのもどかしさが率直に表明されているのがうかがわれて興味深く感じた。

「現代でも依然として、無信仰の世界に何らかの不安の感覚を抱き続けている人々がいる。その感覚とはすなわち、何か大きなもの、何か重要なものが置き去りにされ、ある次元の深遠な願望が無視され、わたしたちを超えたより偉大な実在が締め出されてしまったという感覚である。この不安の感覚にたいして与えられた表現は非常に様々であるが、この不安は存続し、その表現はさらにいっそう多様な形で繰り返されている。しかし他方では、自分が尊厳をもち、自己統制を成し遂げ、成熟した自律的な存在であるという、無信仰と結びついた感覚も人々を魅了し続けており、これから先もずっと魅了し続けるように思われる。」「しかも、この論争にさらに近づいてその具体的な姿をよく観察してみると、大多数の人々は実際には二つの見方双方に惹かれる感じをもっていることが見て取れるように思われる。人々は一方の道を進まねばならないとしても、もう片方の魅力を決して完全には払いのけていない。」(53ページ)

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2009年6月26日 (金)

吉次公介『池田政権期の日本外交と冷戦──戦後日本外交の座標軸1960─1964』

吉次公介『池田政権期の日本外交と冷戦──戦後日本外交の座標軸1960─1964』(岩波書店、2009年)

 安保条約をめぐって揺れに揺れた岸信介政権のあとを受けて、池田勇人政権は経済重視の非政治路線によって国内対立の緩和を図ったというのが一般的な見方だろう。しかしながら、この経済重視、高度経済成長という路線を国際政治の次元から捉え返してみるとまた別の視点があり得るのではないか。

 本書では、第一に、池田政権には自由主義陣営の一員としての立場を守ろうという決意のあったことが指摘される。社会党に政権を渡してしまうと中立化してしまうし、安保騒動でアメリカは日本に猜疑心を抱いていたという。自民党が総選挙で勝利する必要があり、そのために“寛容と忍耐”という態度をとり、憲法改正や再軍備の話題は避け、所得倍増計画を打ち出した。第二に、“敗戦国・被占領国” 意識からの脱却を目指していた。いわゆる“大国”意識→日本も応分の義務を果たすべきという考え方になる。第三に、そうした“大国”意識に基づき、自由主義陣営において日米欧“三本柱”の一角を占めるという自覚→アメリカとの対等なパートナーシップを求めたほか、英仏などヨーロッパとの関係再構築も進められた。

 “大国”意識を持つということは、当然ながら日本も主体的なイニシアチブを発揮して外交政策を展開するということである。具体的には東南アジアにおける反共政策として進められ、本書ではとりわけ対ビルマ政策の分析に重点が置かれる(ビルマでは南機関以来の親日感情が期待できた)。池田はアメリカの軍事偏重に批判的であった。そもそもアジア諸国のナショナリズムにおいて自由主義か共産主義かという二者択一はあくまでも副次的な問題に過ぎない。SEATOのような集団防衛体制への加盟ではなく、むしろ経済的・技術的援助によってアジア諸国の民生向上を促す方が効果的だと池田は考えていた。その際に日本の高度経済成長という“成功物語”そのものが第三世界を自由主義陣営へとアピールする外交的リソースになると捉えていたという本書の指摘が目を引く。

 こうした池田政権の外交戦略が必ずしも十分な成果をあげたわけではないが、その後(とりわけ大平政権や中曽根政権)の外交路線の先駆けになったと位置付けられる。受け身で非政治的にも見られやすい経済重視路線だが、目立たないながらも実はそれ自体が戦略的リソースとなる潜在力を秘めている。その活用の仕方によっては主体的な政治外交上の選択肢を取り得たはずだし(中ソ論争、フランスの独自路線など当時の多極化を考えると、決して非現実的でもなかっただろう)、実際、池田政権は冷戦構造の渦中にあっても日本なりに場の仕切り直しを図ろうとしていた。国際政治の大問題から距離を置いた受け身の戦後日本外交という通説的な捉え方とは異なった視点を示した研究として興味深い。

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2009年6月25日 (木)

姜在彦『朝鮮の開化思想』

姜在彦『朝鮮の開化思想』(姜在彦著作選Ⅲ、明石書店、1996年)

 朝鮮近代思想史における自律的な近代化の努力を検討するという点で議論の基本的な構図は前に取り上げた『朝鮮近代の変革運動』(→こちら)と同じ。以下、メモ書き。

 まず、朝鮮儒学思想史における朱子学について検討、純一性を追究する閉鎖的思考が近代化に大きな制約を課していたことを指摘。そうした中でも実学思想がある程度柔軟な方向性を模索→守旧派から厳しい弾圧を受けたが、系譜的に19世紀の開化派につながっていく。

 少々脱線するが、初期開化派には、仏教僧の李東仁が福沢諭吉から直接話を聞いたり、兪吉濬が慶応義塾に留学したりと、福沢の啓蒙思想が一定の影響を及ぼしている。福沢は金玉均たちを支援したほか、門下生の井上角五郎をソウルに派遣して『漢城旬報』を創刊させ、下からの啓蒙活動のきっかけをつくった。福沢には「脱亜論」のイメージも強いが、これが書かれたのは甲申事変が失敗した翌年のこと。この短くて当時は目立たなかった論説が帝国主義肯定の理論として特筆大書され一人歩きを始めたのはむしろ戦後のことだと近年は指摘されている。

 急進開化派による甲申事変は失敗、金玉均・朴泳孝らは日本へ亡命。穏健開化派は日本のバックアップのもと甲午改革を進めるが、国王高宗がロシア大使館に逃げ込んだ事件をきっかけに失脚、金弘集らは殺され、金允植は流罪、他は日本へ亡命した。これらの動きが上からの近代化志向だったとすると、1890年代後半から徐載弼・尹致昊・李商在らを中心に創刊された『独立新聞』は初のハングルによる新聞→大衆への啓蒙活動を目指した。開化派が初めて政治結社として独立協会を結成、また街頭集会として万民共同会→大衆運動と結び付こうとしたが、都市部中心という限界。弾圧を受けて挫折する。なお、朝鮮近代思想史における新聞の役割については姜在彦『朝鮮の攘夷と開化』(平凡社、1977年)でも取り上げられている。

 蛇足ながら、徐載弼は甲申事変で国外亡命した後はアメリカで苦学して帰化、Philip Jaisohnと名乗っていた。尹致昊は(本書では触れられていないが)後に親日派として朝鮮貴族に列せられ、伊東致昊と名乗り、1945年に糾弾されて自殺。それぞれ複雑な人生の転変を経ているところに興味がひかれる。

 独立協会の活動に見られる国民国家を目指す考え方はさらに広まっていき、学校教育や民族産業の近代化→実力養成=自強運動が新民会などによって展開される。こうした動きは、日本による保護国化・植民地化=他律的近代化に対して、朝鮮社会内部からの自律的近代化の努力と位置付けられる。

 近代的な開化思想が民族的立場に弱い(一部は親日派に転落)のに対し、保守的な衛正斥邪思想は民族的立場としての強さはあっても抵抗ばかりで具体性がない、こうした乖離をどのように考えたらいいのかという著者の問題意識が随所で垣間見られる。衛正斥邪思想は中華思想による尊華の観念論(朝鮮民族としての独自性は視野に入らない)だけであるのに対し、朝鮮の歴史的伝統を踏まえた国学研究→近代的民族主義という芽生えは開化派の中から現われている点に着目される。朝鮮語研究の周時経や歴史家の申采浩らが挙げられる。

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2009年6月24日 (水)

吉村慎太郎『イラン・イスラーム体制とは何か』

吉村慎太郎『イラン・イスラーム体制とは何か』(書肆心水、2005年)

 “原理主義”“宗教復興”といった観点から捉えられがちなイラン現代政治だが、本書は、イスラーム法学者による統治=“ヴェラーヤテ・ファギー体制”内においても多様な勢力の思惑が交錯しながら展開されてきた政治動向を分析する。以下、メモ書き。

 イラン近現代史における伝統派と近代派とのせめぎ合いは、カージャール朝の時の立憲革命(1906~1911年)以来続いていた。パフレヴィー朝はアメリカからのテコ入れを受けながら“上からの近代化”を推進、農地改革によって自作農創出→政権基盤化を目指したが、かえって彼らの生活は困窮してしまった。急速な近代化に対する伝統派からの反発ばかりでなく、他ならぬ近代化によって生み出された中間階層までも離反。伝統派と近代派の両方から遊離したシャー体制は構造的に脆弱な体質をはらむ。シャー体制の強権的な政治手法への不満は伝統派から左翼まで広範にわたったが、シャー体制側と反体制運動側とのパワーバランスが逆転→革命→こうした動きをまとめ上げる大衆動員のシンボルとなったのがホメイニである。

 パフレヴィー朝は崩壊したが、革命後の政治ヴィジョンが明確だったわけではない。革命裁判所・革命委員会・革命防衛隊など組織的な中央集権化を逸早く成し遂げたホメイニ派がイスラーム化を推進、王党派残存勢力の排除ばかりでなく革命勢力内反ホメイニ派の粛清も同時並行して行なわれ、“ヴェラーヤテ・ファギー体制”が確立された。

 イラン・イラク戦争(1980~1988年)における経済政策をめぐって保守派と急進派との対立が先鋭化する。保守派はシャリーアを価値規範とし、私有財産の不可侵→自由な経済活動を主張、戦争及び経済統制によって支持基盤のバザール商人層が圧迫を受けていたため、戦争の長期化には消極的。ハメネイ(当時大統領、現最高指導者)が代表格。対して急進派は、被抑圧者の救済や社会的公平の実現を目指して経済の国家統制を主張。戦争継続を訴えていた点では強硬だが、他方で保守派とは異なり文化的次元では寛容な態度をとる。当時の首相で今回の大統領選挙では改革派から立候補したムサビもこのグループにいた。保守派と急進派との中間には原理原則よりも経済優先の現実派が位置し、ラフサンジャニ(当時国会議長、後に大統領)が代表格。戦争の長期化、芳しくない戦況、経済的低迷により国民の間には厭戦気分が広がっており、保守派と現実派とが手を組んでホメイニに働きかけ、急進派を押し切って停戦に持ち込んだ。

 1989年にはホメイニが死去。ホメイニにはサルマン・ラシュディ事件などもあって頑固そうなイメージがあるが、国内政治においてはむしろ柔軟な判断力を持っていたらしい。ホメイニの立場性さえ尊重していれば体制内において多元性を容認する指導力を発揮。ホメイニをバランサーとする形で保守派・現実派・急進派は共存していた。それは、宗教指導者であると同時に革命指導者でもあるというホメイニの二重にシンボリックな存在感に由来するシステムだったと言えるが、彼の死去により、この“ヴェラーヤテ・ファギー体制”は大きく変質、党派性による権力闘争が濃厚になってくる。

 ポスト・ホメイニ体制は、保守派(ハメネイ最高指導者)と現実派(ラフサンジャニ大統領)が同盟を組んで急進派を排除する形で成立した。しかし、社会経済的状況の悪化、また対外関係を徐々に改善→西側文化の流入→保守派から“文化侵略”という非難が沸き起こる(文化イスラーム指導相だったハタミが非難の矢面に立たされ、辞任)→保守派と現実派の同盟に亀裂が入る。

 1997年、ハタミが大統領に当選。イランの人口構成上多数を占める青年層がハタミ支持に回った結果である。ハタミ支持勢力は改革派と言われるが、反保守派同盟として現実派・急進派を含み、主張には大きな幅があった。保守派が西欧に対する強硬姿勢を強めたため、反保守派の立場から急進派はむしろ文化的寛容という点に重きを置いてハタミ支持に回った。しかしながら、イラン政界における保守派の存在感は大きく、ハタミもフリーハンドで政治運営ができるわけではなかった。かつての支持層に不満・幻滅が目立つようになる。2005年の大統領選挙では、決選投票で現実派の元大統領ラフサンジャニ対保守派のアフマディネジャドという構図→有権者にはラフサンジャニの金権体質への拒否感があったため、青年層・貧困層の票はアフマディネジャドに流れた。

 イラン現代政治を彩る人物それぞれの軌跡が見えてくるので、今回の大統領選挙をめぐる混乱の背景を知る上で本書は有益だ。過去の大統領選挙をみると、改革派のハタミ、保守強硬派のアフマディネジャド、いずれも本命候補を破ったサプライズ。イランには選挙によって政権交代を実現できるだけの社会的資質が本来備わっていたと言えるが、それだけに今回の不正選挙疑惑、そして国民的反発が際立つ。

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2009年6月23日 (火)

西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』、他

西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社、2008年)

 キレイごとじゃなくておカネは大事──と言っても、きいたふうなすれっからしとはまた違う。西原さんが自分の生い立ちをつづりながら、おカネのことを考える。貧しさの渦中に絡め取られた負のスパイラルから何とか脱け出そう、何とか自分の自由を確保しよう、そういうもがきの中で身を切るようにして稼いだおカネの話。最終章は亡夫鴨ちゃんの手引きで旅して垣間見た世界の貧困のこと。スモーキー・マウンテンやグラミン銀行の話題にも触れたり、結構マジメだ。

 バクチにありったけを注ぎ込んで勝負に出て自殺しちゃったおとうちゃんのことが印象に残る。馬鹿で大迷惑、だけど、良いと悪いとかいう次元じゃなくて、そういう羽目に陥らざるを得ないこともある、そういうあたりを突き放しつつもどこかウェットな同情で見つめる眼差しにはグッとくる。このように、クールなちゃかしとあたたかい優しさとを合わせ持った感性が西原作品の何とも言えず魅力的なところだ。前にも書いたけど、『ぼくんち』(→こちら)は本当に傑作だと思う。自伝的なマンガ『上京ものがたり』(小学館、2004年)、『女の子ものがたり』(小学館、2005年)も再読。『女の子ものがたり』は深津絵里の主演で映画化され、近々公開されるらしい。西原原作の『いけちゃんとぼく』も現在映画公開中。観に行こうかどうしようか。

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2009年6月22日 (月)

姜在彦『朝鮮近代の変革運動』

姜在彦『朝鮮近代の変革運動』(姜在彦著作選Ⅱ、明石書店、1996年)

 日本における初期の朝鮮史研究では“他律性”史観が主流であったとされる。それに対して本書では、朝鮮にも内発的な近代化の契機があったことを掘り起こそうという問題意識をもとに朝鮮近代思想の流れが通史的に描かれる。

 まず、実学思想のうち清経由で西洋文明に触れていた北学派が取り上げられる。朴趾源ら北学派は開国主義的な立場をとり、虚学の否定、能力本位の人材登用などの制度改革を主張したが、朱子学的名分論に固執する守旧派とのイデオロギー闘争に絡め取られ、結局つぶされてしまう。ただし、北学派の系譜は19世紀の開化派に受け継がれた(→『西洋と朝鮮』を参照)。

 朴趾源の孫である朴珪寿の門下生から開化派が台頭するが、とりわけ有名なのは金玉均であろう。金玉均については“親日派”とみなす向きもあるが、対して日本から学ぶべきものは是々非々で学ぶとした主体性に注目される。近代化政策を進める上で両班階級が障害になっているという問題意識から甲申事変(1884年)が敢行されたが、失敗。社会経済的基盤が未成熟であったという内的条件、清の干渉(袁世凱が開化派を軍事制圧した)という外的条件が失敗の原因として指摘される。

 なお、儒教が正統とされて仏教は下に見られていた中、金玉均は仏教に関心を持っていたらしい。開化派には、仏教僧・李東仁(東本願寺釜山別院とつながりがあり、日本事情を熟知)、中国語通訳の呉慶錫、医者の劉大致らが大きな影響を与えていた。李朝社会において通訳や医者などの技術者は中人(両班と常民との中間階層)、仏教僧にいたっては賤民視されており、いずれも朱子学的世界観に染まった両班とは異なってイデオロギー・フリーの立場にあったことは興味深い。両班の開化派の中でも、金玉均・朴泳孝ら急進派は日本の明治維新をモデルとした変法的立場(従って、守旧派とは仇敵同士)、金允植ら穏健派は清の洋務運動をモデルとした改良的立場(従って、守旧派とも妥協可能)という二つの流れがあった。

 金玉均らの甲申事変が先鋭化した一部知識階層による上からの改革志向だったとするなら、対して下からの改革志向の民衆運動として甲午農民戦争や活貧党も取り上げられる。

 日清戦争後、事実上日本の保護国化されてしまった状況下、知識階層では二つの思想的立場が鮮明化した。第一に、李恒老→崔益鉉を源流とする衛正斥邪思想→抗日義兵闘争という立場。第二に、朴珪寿→金玉均・金允植ら開化派→愛国啓蒙運動という立場。両者とも「内修→自強」という点では同じロジックをとるのだが、「内修」の理解が対極的であった。両者が一体化できなかったところに著者は近代朝鮮の悲劇を見出す(なお、前者を意地の感覚、後者を近代化=手段としての西欧化と捉えるなら、福沢諭吉は両者を合わせ持っていたという趣旨のことを、以前、李光洙の話題に絡めてこちらに書いた)。

 愛国啓蒙運動の中では1907年に安昌浩によって旗揚げされた新民会が検討される。政治路線を看板からはずし、国権回復に向けた実力養成として学校教育や民族産業の近代化といった合法的活動に焦点が合わされた。さらに1919年の三・一運動では、この実力養成から民族自決という方向へと移っていく(この際、単なる反日ではなく、三和主義が主張されていたという指摘が目を引いた。三和主義とは西欧列強から身を守るため、独立した韓国・日本・中国が互いに連携しようという考え方で、かつて金玉均が主張していた)。そして、日本による弾圧から逃げて成立した上海臨時政府において、衛正斥邪思想の目指す復辟でもなく、開化派の主張した立憲君主制でもなく、民主共和制による国民国家が志向されることになる。

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