2012年1月26日 (木)

粕谷一希『内藤湖南への旅』

粕谷一希『内藤湖南への旅』(藤原書店、2011年)  京都帝国大学の東洋史講座を創設した一人として日本における歴史学研究に大きな足跡を残した内藤湖南。ジャーナリスト出身で正規の学歴を持たない彼の登用は、官学的な東京帝国大学とは違った学風をつくり出していこうという狩野直喜の熱意による(なお、国史担当として招聘された幸田露伴は窮屈な大学生活に嫌気がさして一年でやめてしまった)。本書ではもう一点、湖南のアカデミズム入りが、夏目漱石が学者をやめて文士になったのとほぼ同時期であったことに注意を促す。ジャーナリズムとアカデミズムとの垣根が低かった明治の草創期、そうした時代だからこそ独特な個性を持った学究た...

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2012年1月22日 (日)

【映画】「マイウェイ──12,000キロの真実」

「マイウェイ──12,000キロの真実」  戦争に翻弄された二人の青年の数奇な運命を描いた映画。オダギリ・ジョー、チャン・ドンゴン、范冰冰の共演。なお、范冰冰はゲリラの女スナイパーという設定で、チャン・ドンゴンを助けたらすぐ死んでしまう。出番は少ないし、ずっと泥だらけで、あの美貌をちゃんと拝めなかったのが残念…。  ノルマンディー上陸作戦で投降したドイツ軍捕虜の中に一人の韓国人兵士がいた。その事実を監督が知ったことからアイデアがふくらまされ、映画製作にまでこぎつけたという。だいぶ脚色されているし、粗探しをすれば時代考証の難点も色々見つかるかもしれないが、映画として観る分にはそれほど違和感はない...

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2012年1月21日 (土)

閻学通『古代中国の思想と現代中国のパワー』

Yan Xuetong, ed. by Daniel A. Bell and Sun Zhe, tr. by Edmund Ryden, Ancient Chinese Thought, Modern Chinese Power, Princeton University Press, 2011  以前、バイデン副大統領が訪中前に本書を読んだという記事を何かの雑誌で見かけた覚えがあった。そんな情報が敢えて表に出るということは、アメリカ政府は中国政府の外交方針について本書を通して理解している、という暗黙のメッセージなのかと思い、興味を持って手に取った次第。著者の閻学通は清華大学国際問題研究所所長...

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2012年1月16日 (月)

藤原帰一・永野善子編著『アメリカの影のもとで──日本とフィリピン』

藤原帰一・永野善子編著『アメリカの影のもとで──日本とフィリピン』(法政大学出版局、2011年)  歴史的背景も社会的条件も異なる日本とフィリピン、現代史における両者の歩みを比較するとなると一体どんな話題が出てくるのか、本書を読む前には全く見当がつかなかった。ところが、アメリカという第三者の存在を議論の軸にすえたとき、これほど興味深い論点が出てくるとは、正直、驚いた。本書は内外の研究者による共同研究の成果で、以下にメモを箇条書き。私がとりわけ関心を持った論点は、①アメリカがフィリピンで実施した恩恵的同化政策はその後の日本におけるGHQの統治の先行モデルと考えられること、②アメリカによる占領/日...

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2012年1月14日 (土)

柴田直治『バンコク燃ゆ──タックシンと「タイ式」民主主義』

柴田直治『バンコク燃ゆ──タックシンと「タイ式」民主主義』(めこん、2010年)  本書はタイにおける議会制民主主義と王制との難しい関係について現場で取材しながら探ろうとした記者によるレポートである。著者自身はタックシン派・反タックシン派のいずれに対しても肩入れしないような叙述を心がけているが、議会制民主主義の原則を非合法的な形で無効にしようとする反タックシン派に対してはどうしても辛くなる。  かつて岡崎久彦・藤井昭彦・横田順子『クーデターの政治学──政治の天才の国タイ』(中公新書、1993年)は、政党政治が腐敗で行き詰ると軍部がクーデターをおこし、軍部が権威主義体質で行き詰ると今度は議会政治...

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保阪正康『農村青年社事件──昭和アナキストの見た幻』

保阪正康『農村青年社事件──昭和アナキストの見た幻』(筑摩選書、2011年)  昭和10年、長野県を中心とした武装蜂起計画の容疑で一斉摘発された「農村青年社事件」。疲弊しきった農村の惨憺たる状況に心を痛め、農村でコミューンを作ろうと考えた青年たちは理想と情熱ばかりが先行する一方、資金も手立てもない中で窃盗事件をおこし、刑事犯として捕まって運動は挫折。さらには功名心にはやった思想検事によって「大逆事件以来」という鳴り物いりで事件がフレームアップされた。アナキズム運動史の中でもあまり取り上げられることのないこの事件の経過と青年たちの人間模様を本書は描き取っていく。  著者が取材をしていた1970年...

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2012年1月13日 (金)

橘孝三郎について何冊か

 農本主義という思想の位置づけは大まかに言って、第一にファシズム論の観点から体制支配を農村の末端にまで浸透させたイデオロギーと捉えるもの、第二に資本主義の進展によって解体されつつある農村社会の立て直しを通して共同体における自治を実現させようとした試みと捉えるもの、こうした二通りがある。丸山真男以来の戦後政治学は前者で批判的なスタンスを取るのが一般的だが、後者の観点からは右翼ばかりでなく農民運動やアナキスト系の人たちからの支持もある。いずれにせよ、権藤成卿と橘孝三郎の二人が代表的とされる。  こちらにも書いたことがあるが、五・一五事件という血なまぐさいクーデター未遂と平和志向の理想主義者・橘孝三...

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2012年1月 8日 (日)

下斗米伸夫『アジア冷戦史』『日本冷戦史──帝国の崩壊から55年体制へ』

下斗米伸夫『アジア冷戦史』(中公新書、2004年) ・冷戦の起源を第二次世界大戦後のヨーロッパにおける米ソの対立に求める一般的認識とは違う観点から、東アジアにおける冷戦構造の動態を捉えなおしていく。当初は米国と中ソという二極構造から始まったものの、スターリン批判等を契機に共産圏内部で多極化。東欧では、例えばハンガリーの“小スターリン”ラーコシを排除できたのとは異なってアジアに対しては打つ手がなく、中国、北朝鮮、ベトナムの動向はソ連にとっても想定外だった。 ・北朝鮮は当初、ソ連をモデルとして国家形成、つまり事実上の傀儡国家として出発(ソ連から来たホガイの役割については、アンドレイ・ランコフ(下斗...

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酒井亨『台湾人には、ご用心!』

 酒井亨『台湾人には、ご用心!』(三五館、2011年)読了。カバーの「萌え」系イラストは人によっては引いてしまうかもしれないが、著者は以前にも、日本のアニメやポップカルチャー好きな台湾の若者をテーマとした『哈日族』(光文社新書、2004年)を書いているし、また前著『「親日」台湾の幻想』(扶桑社新書、2010年→こちら)では「親日」ならぬ「萌日」というキーワードを出してきたから、この辺に反応する読者層を狙ったものか。  ちなみに、この『「親日」台湾の幻想』という本、台湾が日本好きなのは確かだが(著者は「萌日」と言う)、他方で「台湾は親日なのだから、日本の植民地支配は正しかった」みたいな保守派にあ...

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2012年1月 6日 (金)

松戸清裕『ソ連史』、下斗米伸夫『ソ連=党が所有した国家 1917─1991』

 ソ連の歴史を記述するに際しては、出発点としてのロシア革命、抑圧的な体制が形成されたスターリンの大粛清、もしくは連邦崩壊に至るペレストロイカといった時期が大きく注目される印象がある。松戸清裕『ソ連史』(ちくま新書、2011年)はその合間の時期の記述が厚く、内政面の事情を中心に描かれており、全体としてバランスのとれたソ連の通史。以下の3点が基本的な視点となっている。 ・冷戦の敗者というイメージ→ソ連側の人々も必ずしも戦争を望んでいたわけではない。 ・共産主義建設という実験の失敗により国民に犠牲を強いたのは事実だが、多くの人々が主観的には共産主義建設が国民のためになると信じていた。 ・共産主義の抑...

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2012年1月 3日 (火)

安田敏朗『かれらの日本語──台湾「残留」日本語論』

安田敏朗『かれらの日本語──台湾「残留」日本語論』(人文書院、2011年)  私が初めて台湾へ行ったとき、台北の二二八紀念館でガイドをしてくれた日本語世代のおじいさんと話をする機会があった。その後、同行した友人が「台湾で由緒正しい日本人に出会った!」とやたら興奮していたので、「彼は日本への親しみだけではなく、差別を受けてイヤな思いもした、とも語っていたじゃないか」と言ったところ、「お前は自虐史観だ!」と非難された。本書を読みながら、このときの違和感を思い出していた。  日本が植民地支配を行った台湾において「国語教育」を担った教員たちはどのような考えを持っていたのか。また、敗戦によって日本が台湾...

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木村汎・袴田茂樹・山内聡彦『現代ロシアを見る眼──「プーチンの十年」の衝撃』

木村汎・袴田茂樹・山内聡彦『現代ロシアを見る眼──「プーチンの十年」の衝撃』(NHKブックス、2010年) ・1999年にプーチンが首相に任命され、同年、エリツィン大統領の辞任を受けて大統領代行に就任して以降、2期8年を経て現在のメドヴェージェフとのタンデム政権に至るまで10年間にわたるロシアの政治経済について検証。 ・この間の経済成長は主に原油・ガスなど資源輸出収入によるものであって、プーチン政権の経済政策が効果的だったわけではない。逆に、原油価格上昇によるレント収入はインフラ整備などに投資活用されなかった。 ・ゴルバチョフ、エリツィン政権期の「改革」の一部は放棄された。政治体制としては家父...

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2012年1月 2日 (月)

『民俗台湾』について何となく

 年末年始にかけてずっと部屋の片づけをしていたら、気になる本が色々出てくる。例えば、写真右側の陳艶紅『『民俗台湾』と日本人』(致良出版社、2006年)。台湾で刊行された本だが、日本語で書かれている。たしか、台湾大学近くの台湾史専門書店、南天書局で買った覚えがある。なお、写真左側は『思想』(聯経出版)という台湾の学術雑誌の第16号(2010年10月)で、台湾史研究の歴史を回顧する特集が組まれていたので買っておいた。  南天書局は書店としてばかりでなく、台湾史関連の史料を復刻出版している版元としても有名で、そのラインナップには『民俗台湾』をはじめ戦前に日本語で書かれた文献も含まれている。戦後の国民...

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2011年12月26日 (月)

奥田英朗『オリンピックの身代金』

奥田英朗『オリンピックの身代金』(角川書店、2008年/角川文庫、2011年)  1964年、東京オリンピック。日本全国がオリンピック開催に向けて気分を高揚させている中、苦学している東大生の島崎は、突貫工事中の建設現場で土方として働く兄の死を知った。オリンピック景気で華やいだ世相の陰で犠牲となっても顧みられることのない貧しき人々の苦衷──。義憤に駆られた島崎はオリンピック妨害のテロを決意する。  川本三郎『小説を、映画を、鉄道が走る』(集英社、2011年)を読んでいたら、地方からの上京者について触れた箇所で『オリンピックの身代金』に何度か言及し、本当によく調べて書かれている、とほめていたので手...

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2011年12月23日 (金)

【映画】「無言歌」

「無言歌」  青く澄み渡った無窮の空、ゴツゴツと広がるゴビ沙漠の荒涼たる茶褐色、この二つの色合いに画然と分かたれた空間には冷たい緊張感が張りつめ、その近寄りがたいほどの峻厳さは畏怖と同時に不思議な美しさすら観る者の胸奥に引き起こす。一人、また一人とちっぽけな人間たちを呑み込んでいっても、この冷たくも美しい大地は身じろぎもしないかのようだ。  1960年、中国・甘粛省の夾辺溝。いわゆる「反右派闘争」で「右派」として指弾された人々が思想再教育という名目で労働改造所に集められてきたが、農場労働とは言っても辺りには荒野が延々と広がっているのみ。  「百花斉放・百家争鳴」で束の間に味わった言論の自由。し...

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【映画】「サラの鍵」

「サラの鍵」  パリに古くから暮らす一家へ嫁いできたアメリカ人女性のジュリアは雑誌記者をしている。戦争中、ヴェルディヴ(冬季競輪場)で起こった出来事について記事に書くつもりで取材していたところ、そういえば夫の一家が現在のアパルトマンに移ってきたのはまさにここで「事件」が起こっていた時期だったことに思い当たる。当時、子供だった義父は何か事情を知っている様子だが、口が堅い。ジュリアの取材は家族の過去を振り返ることと結びついていく。  ヴェルディヴではいったい何が起こったのか。1942年7月、ドイツ軍占領下のパリで1万3千人のユダヤ系住民が一斉検挙された。衛生状態の悪いヴェルディヴに収容され、4千人...

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2011年12月21日 (水)

西澤泰彦『植民地建築紀行──満洲・朝鮮・台湾を歩く』『東アジアの日本人建築家──世紀末から日中戦争』

 近代日本の対外的膨張による支配地の拡大、それは人的移動を促しただけでなく、人が住んだり公共的拠点とするための建築の広がりともつながっており、西洋から近代建築を学んだばかりの日本人建築家たちが東アジア各地へと渡っていった。西澤泰彦『植民地建築紀行──満洲・朝鮮・台湾を歩く』(吉川弘文館、2011年)と同『東アジアの日本人建築家──世紀末から日中戦争』(柏書房、2011年)は、こうした建築をめぐる活動の広がりを個別地域別ではなく東アジアというレベルで横断的に解説してくれるのが特徴だ。メインテーマは「海を渡った建築家たち」ということになる。  建築は単に物理的に存在するというだけでなく、歴史的ドラ...

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2011年12月19日 (月)

金正日死去の一報を受けて何冊か

 今年は日本も世界も色々なことがあったなあ、と感慨に浸っていた年の瀬、今度は金正日死去の一報。「強盛大国の大門を開く」はずの2012年を目前にして雲隠れ、「公約」延期の口実になるんだろうなあ、と思いつつ、東アジア情勢が不安定な状況に陥りそうな可能性にも思い当たってやや不安な気分にもかられたり。取りあえず、最近読んだ北朝鮮関連本について再掲。 ・平井久志『なぜ北朝鮮は孤立するのか──金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書、2010年)、アンドレイ・ランコフ(鳥居英晴訳)『民衆の北朝鮮──知られざる日常生活』(花伝社、2009年)、綾野(富坂聡編訳)『中国が予測する“北朝鮮崩壊の日”』(文春...

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渡邉義浩『関羽──神になった「三国志」の英雄』、冨谷至『中国義人伝──節義に殉ず』

 三国志の中でも関羽がとりわけ「義人」として人気が高いのはなぜか? そうした問いに答えようとするのが、渡邉義浩『関羽──神になった「三国志」の英雄』(筑摩叢書、2011年)である。もちろん関羽は当初からそれなりにポピュラーではあっても、あくまでも三国志の英雄たちの中の一人という扱いに過ぎなかった。ところが、関羽の出身地は塩の産地であり、そこは塩の交易をもとに活躍した山西商人ゆかりの土地でもあったため、彼らがまず郷里の英雄として関羽を崇め始める。後代の宋や清の時代、商人への課税は軍事費を賄う上で重要な収入源であったため、商人たちの崇める者をおろそかには出来なかった。それ以上に、商人のネットワーク...

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2011年12月14日 (水)

江文也(劉再生『中国近代音楽史簡述』から)

 チェレプニンに引き続き、次は江文也です。同様に刘再生《中国近代音乐史简述》(人民音乐出版社、2009年)からの抜粋で、訳文は森岡葉さんからご提供いただきました。  江文也は台湾出身、日本に留学して音楽家としてデビュー、戦時下に中国大陸へと渡る。日本の敗戦後、一時は漢奸容疑で逮捕もされたが、再び北京で音楽家としての活動を開始。しかし、文化大革命で再び受難…たいへん波瀾万丈な生涯を送った人物です。彼についてはこのブログでも以前に色々と書き込んだことがありますが、音楽という観点から近現代東アジア史を考える上で非常に魅力的なテーマだと考えています。  ところで、私が彼について読んでいたのは日本語文献...

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