台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」を開設

 台湾の話題を専門に扱うブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」を新たに開設しました(http://formosanpromenade.blog.jp/)。書評等を中心とする本館「ものろぎや・そりてえる」も継続いたしますが、更新頻度は遅くなるかもしれません。ご関心に応じてご笑覧いただけましたら幸いです。

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2018年3月26日 (月)

橋本健二『新・日本の階級社会』

橋本健二『新・日本の階級社会』(講談社現代新書、2018年)    かつて日本社会の誇るべき特性として喧伝された「一億総中流」という言説が破綻してすでに久しい。社会格差の拡大が現実の問題として議論され始めたとき、私自身も相当なショックを受けた覚えがある。しかしながら、高度成長期にあっても実際には社会格差は厳然としてあり、ただそこに社会的関心が向けられていなかっただけである。「一億総中流」言説の原型は村上泰亮の「新中間階層」論に求められるが、そこで参照されていたデータは「階級帰属意識」の世論調査に基づいており、それはあくまでも「自分の生活程度をどう思うか」という個々人の意識を問うている...

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2018年3月25日 (日)

伊達聖伸『ライシテから読む現代フランス──政治と宗教のいま』

伊達聖伸『ライシテから読む現代フランス──政治と宗教のいま』(岩波新書、2018年)    フランスにおいて公教育の政教分離という考え方からムスリマのスカーフ着用の是非が大きな社会的・政治的論争となったことは日本でもよく知られているが、こうしたフランスのおける政教分離体制を「ライシテ」(laïcité)という。本書によると、次のように説明されている。   「宗教的に自律した政治権力が、宗教的中立性の立場から、国家と諸教会を分離する形で、信教の自由を保障する考え方、またはその制度のことである。法的な枠組みでもあるが、国民国家のイデオロギーとして、さまざまな価値観とも結びつく。...

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2018年2月23日 (金)

武井弘一『茶と琉球人』

武井弘一『茶と琉球人』(岩波新書、2018年)    本書ではまず、近世琉球は自立していたのか?という問いを立て、その答えを探るため琉球をめぐるモノの動き、とりわけ茶の流通に注目する。当時の琉球人が人吉の球磨茶を好み、その輸入に躍起になっていたというのは初めて知った。琉球の歴史を考える際、薩摩藩=支配者、琉球国=被支配者という政治的側面に目が奪われがちだが、もちろんそれは間違っていないにせよ、本書では球磨茶の消費者としての近世琉球に着目し、生活経済史のレベルから捉えようとする。当時の琉球は実は貿易赤字で、見方を換えると貿易に依存せずとも琉球人の暮らしは成り立っていた。つまり、近世琉球...

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末木文美士『思想としての近代仏教』

末木文美士『思想としての近代仏教』(中公選書、2017年)    本書はもともと別の媒体に発表されていた論考を集めた論文集の形をとるが、個別論点を通して日本近代思想史における仏教の位置づけを捉える視座を提供してくれる。序章に「伝統と近代」を置いて全体的な見通しを示し、「Ⅰ 浄土思想の近代」では清沢満之と倉田百三、「Ⅱ 日蓮思想の展開」では田中智学と創価学会の理論家だった松戸行雄を取り上げ、「Ⅲ 鈴木大拙と霊性」、「Ⅳ アカデミズム仏教研究の形成」では仏教研究の展開を論じ、「Ⅵ 大乗という問題圏」という流れで構成されている。    私が関心を持った論点は次の通り。序章ではいわ...

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2018年2月22日 (木)

大嶋えり子『ピエ・ノワール列伝──人物で知るフランス領北アフリカ引揚者たちの歴史』

大嶋えり子『ピエ・ノワール列伝──人物で知るフランス領北アフリカ引揚者たちの歴史』(パブリブ、2018年)    ピエ・ノワール(pied-noir)とは、直訳すれば「黒い足」という意味だが、北アフリカにいたヨーロッパ系住民を指す。アルジェリアがフランス植民地だった時期、彼らは自らを「アルジェリア人」と考えていたが、1962年にアルジェリアが独立すると、それはアルジェリア国籍保持者を意味するようになったため、「ピエ・ノワール」という呼称が定着していったという。ただし、本書「はじめに」で詳しく説明されているようにその意味合いは多義的で、本書では植民地アルジェリアのほか、フランス保護領だ...

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2018年2月21日 (水)

星野靖二『近代日本の宗教概念──宗教者の言葉と近代』

 以前から気になっていた星野靖二『近代日本の宗教概念──宗教者の言葉と近代』(有志舎、2012年)を、一時帰国の機会にようやく読むことができた。    「宗教」はreligionの訳語として、しばしば非歴史的な概念のように用いられるが、実際には近代日本の歴史的展開に合わせて「宗教」概念は組み上げられてきたという背景がある。とりわけ、明治になって伝来してプロテスタントが重要な契機となっており、また廃仏毀釈によって自らの存在証明を迫られた仏教がキリスト教に対する論争を通して理論的に磨き上げられてきた側面も看過し得ない。それぞれが自らの宗教伝統がより真正な「宗教」であることを弁証しようとし...

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2018年2月20日 (火)

【映画】「リバーズ・エッジ」

【映画】「リバーズ・エッジ」  岡崎京子の原作を読んだのはいつのことだったろうか。川べりの草むらの中にひっそりと横たわる死体。実存的虚無を抱え込んだ心象風景には、その死体は非日常の象徴のように捉えられる。そうした印象だけ記憶していて、こんなストーリーだったかなあ、と思い返しながらこの映画を観ていた。    過食症のモデル。セックスの身体的実感を通してようやく存在感をつかめる少女。セックスと暴力しかない、からっぽな男。同性愛であることを隠して、好きな相手(男)に気持ちを伝えられず、偽装的に女性と付き合う少年。彼らを、どこか冷めた視線で見つめている主人公。それは、映画の視点でありつつ、冷...

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チャイナ・ミエヴィル『オクトーバー──物語ロシア革命』

チャイナ・ミエヴィル(松本剛史訳)『オクトーバー──物語ロシア革命』(筑摩書房、2017年)    1917年のロシア革命は、実に様々な人物がそれぞれの政治的思惑をもってせめぎ合い、また合従連衡を繰り返し、群像劇としてこの上なく魅力的な舞台と役者を用意してくれた。本書はそれを見事に活用して面白い政治劇を活写している。  ニコライ二世の無気力、ケレンスキーの戸惑い、そして転変していく状況にのっかっていくレーニン。登場人物は彼らに限らず、次々と現れては消えていくし、二月革命から十月革命にいたる出来事を網羅的に拾い上げながらも、冗漫に流れることなく、一気呵成に読み終えた。分析的に整理するこ...

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2018年2月16日 (金)

筒井清忠『戦前日本のポピュリズム──日米戦争への道』

筒井清忠『戦前日本のポピュリズム──日米戦争への道』(中公新書、2018年)    近年、ポピュリズムという概念が注目を集めているが、これを大衆人気に左右される政治と解するなら、日本もかつて手痛い失敗を経験していたではないか。そうした問題意識から、本書は1905年の日比谷焼き討ち事件から1925年の普通選挙法成立をはさみ、1941年の対米開戦に至る歴史的経緯を通して戦前期日本の政党政治がポピュリズムによって崩壊していく過程を解き明かす。    日本におけるポピュリズム的政治の始まりは、「大衆」の登場とそれを動かす新聞の存在が重要な要素であり、日露戦争講和後の日比谷焼き討ち事...

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2018年2月15日 (木)

【映画】「花咲くころ」

【映画】「花咲くころ」  1992年、ジョージア(グルジア)の首都・トビリシ。中学校に通う二人の少女、ニカとナティアは無二の親友。大人へと背伸びしたい年ごろ。悪ガキどもからちょっかいを出されたりもするが、権威主義的な教師に退席を命じられると、彼らも含めクラスメートも一緒に外へ飛び出したり、意外と連帯感がある。    トビリシの歴史を感じさせる古びた石造りの街並み。坂の多い街で、年代もののロープウェイも現役だ。郊外に出れば、木々の豊かな緑と小川のせせらぎが、気分をホッとさせる。アパート群は旧ソ連時代のものか。これらを背景に少女たちが闊歩し、にわか雨に見舞われたら、土砂降りの中を駆けてい...

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松村介石について

 ちょっと必要があって松村介石(1859-1937)について調べている。とりあえず、松村介石『信仰五十年』(道会事務所、1926年/伝記叢書213、大空社、1996年)と加藤正夫『宗教改革者・松村介石の思想──東西思想の融合を図る』(近代文芸社、1996年)を参照した。後者は前者を祖述している感じの内容。    松村介石は1859年に明石藩士・松村如屏の次男として生まれた。幼少期から漢学に親しみ、父からは学問をするよう励まされていた。1875年、神戸に出て英学を修め、さらに1876年に上京。入学した玉藻学校が閉校したため、ヘボン塾に入る。彼は英学を学ぶのを目的としており、キリスト教を...

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2018年2月14日 (水)

【映画】「嘘を愛する女」

【映画】「嘘を愛する女」    商品開発の仕事に夢中なキャリア・ウーマンの川原(長澤まさみ)は、偶然に出会った小出(高橋一生)と同棲している。結婚を考え、小出を母親に紹介しようとしたが、その日に限ってなぜか小出と連絡がつかない。彼はくも膜下出血で倒れて意識不明、病院に搬送されていたのだった。その時になってはじめて彼が名前も身分も偽っていたことが判明する。5年間ずっと愛し続けた相手は一体何者だったのか──? 彼が秘かに書いていた小説を手掛かりに、彼女は瀬戸内へ答えを探りに行く。    東京、小さな村の連なる瀬戸内沿岸、そして「事件」の起こった郊外の一軒家──この映画は基本的に...

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佐古忠彦『「米軍が恐れた不屈の男」──瀬長亀次郎の生涯』

佐古忠彦『「米軍が恐れた不屈の男」──瀬長亀次郎の生涯』(講談社、2018年)    凄惨な沖縄戦では日本軍に不信感を持った沖縄県民は、戦後、アメリカ軍を当初は民主主義を体現する解放者として歓迎した。ところが、その植民者然とした抑圧的な態度に幻滅、女性が暴行されたり、土地の強制収容がごり押しされたりする中、沖縄県民の間ではアメリカ軍の欺瞞に対する反感が高まる。そうした県民が怨嗟する声の代弁者としてアメリカ軍に抗議する人物が注目を浴びた。瀬長亀次郎(1907-2001)である。    瀬長亀次郎は貧しい家庭に生まれたが、医師を志望し、旧制七高に入った。ところが、在学中から社会...

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2018年2月13日 (火)

稲葉佳子・青池憲司『台湾人の歌舞伎町──新宿、もうひとつの戦後史』

稲葉佳子・青池憲司『台湾人の歌舞伎町──新宿、もうひとつの戦後史』(紀伊國屋書店、2017年)    私自身も歌舞伎町には多少馴染みがある、と言うと語弊があるかもしれないが、映画館街にはよく足を運んでいた。初めて足を踏み入れたのは中学生の頃、友達と一緒に。その頃は若干の緊張感を覚えたものだが、都心の大学に通うようになって以降は当たり前のように歌舞伎町へ映画を観に行っていた。歌舞伎町の映画館街は現在ではすっかり様変わりしてしまったが、噴水広場をはさんで西に東急、東にコマ劇場(東宝系)があった。南北両側には台湾人・李以文の地球座や新宿劇場(ヒューマックス・パビリオン)、韓国人・高橋康友(...

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清水真人『平成デモクラシー史』

清水真人『平成デモクラシー史』(ちくま新書、2018年)    宮澤喜一政権末期における政治改革騒動から細川連立内閣までの政権交代劇は、ちょうど私が高校から大学にかけての時期のことだった。それ以来、政局ウォッチを続けていた私としては、本書を通読してまず、懐かしい思いがした。    本書は第一章で現在進行形の政局についてコメントした上で、第二章「政治改革と小沢一郎」で自民党政権末期の政治改革から非自民連立政権までを振り返り、以降、第三章「構造改革の光と影」(自社さ政権から橋本・小渕政権)、第四章「小泉純一郎の革命」、第五章「ポスト小泉三代の迷走」(第一次安倍、福田、麻生)、第...

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2018年2月12日 (月)

南後由和『ひとり空間の都市論』

南後由和『ひとり空間の都市論』(ちくま新書、2018年)    私はここ数年来、主に台湾で暮らしている。台湾での生活は居心地が良いが、時折物足りなく感じるのは、街の中に「ひとり」でいられる空間が、日本と比べると少ないことだ。例えば、ひとりで酒でも飲もうと思って飲食店に入っても、複数人で入るのが当たり前という感じで、若干の敷居の高さを感じる(別に一人だからといって拒絶されることはないのだが)。敬愛する評論家の川本三郎さんは東京歩きをテーマとした作品の中で、街の居酒屋に入り、大勢の人々が雑然と集まっている中、「ひとり」で飲む楽しみをしばしば描いておられ、私もそうした感覚を共有しているのだ...

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2018年2月11日 (日)

藤原辰史『トラクターの世界史──人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』

藤原辰史『トラクターの世界史──人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中公新書、2017年)    私自身は東京に育ったため、トラクターをじかに見る機会は皆無であったが、それでも小さい頃、テレビでトラクターのコマーシャルを頻繁に見かけていた記憶はある。私にとって馴染みがありそうでないちょっと不思議な存在であった。19世紀末にアメリカで発明されたそのトラクターが、20世紀の歴史においてどのような役割を果たしたのか、本書はその多面的な様相を知らしめてくれる。    トラクター導入による生産性の向上、労働力の節約がもたらす影響は当然ながら、トラクターと戦車との技術的同一性が農民と兵...

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橋爪大三郎『丸山眞男の憂鬱』

橋爪大三郎『丸山眞男の憂鬱』(講談社選書メチエ、2017年)    本書では丸山眞男『日本政治思想史研究』と山本七平『現人神の創作者たち』とを詳細に読み解きながら、二人の比較論という形式を通して主に丸山理論への批判が展開される。丸山が江戸時代の政治思想史研究を通して、日本における近代的思惟の萌芽として荻生徂徠の「作為の思想」を見出したことはよく知られている。ところが、著者は徂徠の「作為」は「近代」の指標とはなり得ず、明治維新との思想的連関も認められないと疑問を呈する。そもそも、「近代」という概念が曖昧である。    そこで、著者は、日本における「近代」的なナショナリズムを準...

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2018年2月10日 (土)

佐伯啓思『経済成長主義への訣別』

佐伯啓思『経済成長主義への訣別』(新潮選書、2017年)    近代経済学の考え方では、ホモエコノミクスを単位とする方法的個人主義を前提として市場経済の調節機能を想定する。対して、著者はむしろ市場経済の背後にある集団的な価値や慣習にもとづく社会性へ視線をそそぎ、そうした観点から経済学批判をすすめる。その考え方はカール・ポランニーに近いと自ら記している。    本書のタイトルは「経済成長主義への訣別」となっているが、別に経済成長そのものを拒絶するわけではない。著者の認識にはまず、実際問題として今後の経済成長は難しいだろうという見通しがある。それは、第一に、人口減少・高齢化。第...

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2018年2月 9日 (金)

内田隆三『乱歩と正史──人はなぜ死の夢を見るのか』

内田隆三『乱歩と正史──人はなぜ死の夢を見るのか』(講談社選書メチエ、2017年)    日本の探偵小説といえばまず名前の思い浮かぶ江戸川乱歩と横溝正史──本書はこの二人の作家を軸として、第一次世界大戦後の大正・昭和初期から第二次世界大戦を経て戦後にかけて探偵小説がいかに創造されてきたのかを読み解いていく。詳細な作品分析が展開され、論点は多岐にわたるが、私が興味を持ったのは次の二点。   ・江戸川乱歩「芋虫」と三島由紀夫「憂国」とを対比し、物語の構図が逆説的に変形の関係にあるという指摘(196-205頁)。国家という共同幻想と性愛との関係をめぐり、「『芋虫』では犠牲を求める...

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